Early Modern III: bill rather than kill
−2
オランダの家を訪れたアルレシアは、港で人々に囲まれていた。
「アルレシアさん!」
「お願いです、亡命させて下さい!」
「もう共和政府にはうんざりです!」
どうやらフランス軍の侵攻から逃げて来た人々らしい。海を隔てると戦況がいまいち分からない。
そこで、人々に様子を尋ねることにした。
「どこまで来てるんだ?フランスは」
「私はヘルダーラントからですわ」
「ユトレヒトももう陥落してるぞ!」
オランダ領時代に把握した地図を思い描き、フランスが相当侵攻していることを知る。南部の主要地域は軒並み制圧されていた。これは、亡国の危機と言ってもいい。
「分かった、許可しよう」
とりあえず亡命希望者へ渡航を許し、アルレシアはアムステルダムへ向かうことにした。
もしスペインからの独立戦争で使った戦術をやっているなら、かなりの物資が必要なはずだ。
オランダに古くからある戦術、"洪水線"は、堤防を決壊させて水浸しにし、防衛するやり方だ。
最重要なホラントの防衛のためにやっているだろう。
アルレシアの計算通り、アムステルダムの周囲は浸水し、フランス軍が立ち往生していた。
「オランダ!」
その浸水地帯の淵に立つ姿を見とめ、アルレシアは声をかけた。
「アルレ…」
疲れ切ったオランダは、驚く声にすら覇気がない。
「北の港に集まった難民の渡航を許した。んで、次は物資の支援な」
「イギリスはええんか、」
「俺は自治を許されてるし。それにイギリスはすぐ戦いをやめるよ」
「…アルレが言うんならせやな」
オランダはようやく笑い、アルレシアを突然抱きしめる。独立戦争のときを彷彿とさせた。
「わっ、」
「物資の前にアルレ補給やざ」
「なんだそれ」
血と泥のにおい。
ずっと戦争が続いているのだから、当たり前だ。
「お前さえおったらな」
搾り出すように出された言葉。
「…形なんて何でもいいだろ。俺はどの支配下に入ろうが好きにやる。だからオランダ、お前の側にもいてやるから」
「…ほやの。俺も弱腰になったもんやざ」
オランダは腕を離し吹っ切れたように笑う。真面目で強いオランダのことだ、部下の前で弱音など吐かなかったはずだ。それを消化できたのなら良かった。
「お前はどっか一カ所にとどまる器やないしな?」
「分かってんじゃん」
アルレシアはいたずらっぽく笑みを浮かべ、踵を返す。オランダの言う通り、アルレシアはどこかにおとなしくしているだけの国ではないのだ。
「―――頑張れよ」
茶化しつつ、それでもしっかりと励ましたアルレシアの短い言葉に、オランダの気分は浮揚する。
去っていく背中を見て、オランダはまだ追い付けないことを、存外いい気分で確認した。
***
7月、旧共和政府は倒れ、第一次英蘭戦争以来追放されていたオラニエ家のウィレム3世が指導者となった。
ウィレム3世は神聖ローマ皇帝やブランデンブルク選帝侯、スペインと結び、イギリスと海戦で勝って第三次英蘭戦争を終結。
他のドイツ諸侯たちとも結び、ついにフランスを本土から撤退させた。
戦場はネーデルラントに移り、フランスと同盟するスウェーデンもブランデンブルクへ侵攻、戦争は続いたが、いずれも実りあるものにはならず、結局戦前よりフランスが僅かに領土を得ただけだった。
スウェーデンはこの時デンマークとスコーネの地を巡り戦争をしていたが、スウェーデン=ブランデンブルク戦争やスコーネ戦争はフランスが勝手に調停し、スウェーデンとデンマークは反フランス感情を高めつつ和平を結んだ。
イギリスはオランダとの和睦を進め、上司の弟の娘とオランダの上司が結婚した。
スウェーデン・デンマーク、イギリス・オランダが仲良くなったことや、ネーデルラントに関して利害が一致するオーストリア・スペインとオランダも関係を強めたこと、ドイツ諸侯もフランスに危機感を抱いたことなどは、17世紀最後の大戦争に繋がる。
こうしてフランス王ルイ14世の70年以上に渡る治世の半分が過ぎた。
だが、別名"太陽王"と呼ばれる彼は、これより後半戦とも言うべき戦いを始める。
彼によって、激動の18世紀が幕を開けるのだ。
そして、アルレシアもまた、激しい時代の潮流に飲み込まれ、アルレシアの歴史で最初の悲惨な時代を経験していくのだった。