Ancient: Isolated Frontier
−亡国の独白
真っ白で何もない空間。
椅子が欲しいなぁ、なんて思えば、ギリシア風の石造りの頑丈そうな椅子が現れる。本気になれば、自分の好きなような世界を作れるのだろう。なんと都合のいい。
ローマ帝国は、その椅子に座って下界の様子を見ることにした。下を覗いて見ようと意識を向けると、不思議と下界の様子が見えるのだ。
「あー、孫たちは元気かなーっと…お、絵ぇ描いてんのか、かぁいいな〜」
爺バカを発動させているローマだが、それはある意味意識的にやっていることでもあった。まだここにきてそう経っていないからだ。そうでもしないと、頭がおかしくなりそうなほど、ここには何もない。
最初ここに来たとき、「ほんとに天国なんてあんだなぁ」という気の抜けたリアクションをした。何せ、帝国の治世の大部分はキリスト教を迫害していたのだから。
ここがどういう世界なのかは分からない。ユダヤ教の言う天国やキリスト教の言う天国なのかは分からないし、ギリシアが言っていたオリンピアなのか、ペルシアが言っていた善なる神のところなのか、はたまた古代インドが言っていた涅槃なのかもわからない。
ただ、死んだ者が来るところだとは分かっていた。
あの日、若き西ローマ皇帝は「すまない」と消えるような小さい声でローマに言って姿を消した。
その後、ゲルマン移動によって帝国は崩壊し、イタリア半島はオドアケル王国、ついで東ゴート王国、そしてランゴバルド王国と推移した。
皇帝がどこかにいなくなったあと、少しずつローマは体が薄くなっていき、やがて完全に意識を失った。
昔見た夢の、砂にローマの街が埋もれる光景は夢でなかったのだと思い知った。
そうしてここにやってきてからというもの、ローマはいろいろと暇つぶしを考案したが、やはり孫たちの観察が一番だと判断した。
可愛い可愛いと言いながら眺めていたが、ゲルマンも参加するようになってからは、ローマはアルレシアの様子を気にしていることをゲルマンに見抜かれた。無言で指摘してくるゲルマンにローマは根負けした。
もうずいぶんと長くここにいて、あの石造りの椅子の周りは庭園になっている。下をのぞくと、いつの間にかローマはアルレシアを探していた。
「…あいつはさ、ひとりだろ。しかもすぐに発展したから、物心つくのも早かった。うちの孫たちはまだ気づいてないことに、もう気づいてやがる」
それは、かつてローマも少し苦しんだ周囲の人間との違い。
ギリシアに励ましてもらったし、ペルシアやゲルマンがいたからつらくはなかったが。アルレシアは違う。
周りにめぼしい国はなく、いても未熟なゲルマン国家ばかり。赤ちゃんのようなものだ。しかも、ほとんどがすぐに崩壊してしまった。
国が人間に与えてしまう影響は大きく、アルレシアは寂しさを知るくらいならと人間と関わるのを避けるようになっていた。
しかし、たまに耐え切れずに自分のベッドでひとり嗚咽を殺すのだ。
その震える小さくて頼りない背中を見るたびに、ローマは駆けつけて抱き締めてやりたくなった。
「ほんとは、すぐに会いに行って、ちゃんと国として知っとかないといけないことを話すつもりだったんだよ。でも、俺は滅亡して、それどころかまた会うっつー約束すら果たせなかった、あいつに何も残してやれないまま、あいつを一人にしちまったんだ」
懺悔のように話すローマをゲルマンはただ聞いている。いつも無言のため、黙っていても違和感はない。
「…でもきっと、アルレシアにはちゃんと、あいつを幸せにしてくれるやつが現れる。友達や、ライバルや、同僚や…恋人。国だなんだってこたぁ気にせずな。そんな顔すんなゲルマン、個人の自由くらいあっていいだろ」
ローマは苦笑してゲルマンの睨みを躱す。真面目な話のつもりなのだが。
「あいつの幸せを願ってくれるやつ、何よりあいつを幸せにしたいって思ってくれるやつ。そういうのが、アルレシアにはできて当然なんだ。それだけ、可愛くて、いい子だからなぁ」
ローマは、アルレシアを見ていた下界の窓を閉じる。
そして、にやり、と笑う。
「まっ、アルレシアにふさわしいかどうか、天国から俺がちゃぁんと見定めてやるけどな!アルレシアを幸せにできるやつか俺がすげえいちゃもんつけてやる」
だから、とローマは見えなくなったアルレシアに思いをはせる。
「…もう少し、待ってろ。きっといつか、幸せになれる時代が来るからよ」