Ancient: Isolated Frontier
−2
「お、おいおい、強すぎやしねえか…」
ローマは目の前の光景に口元を引き攣らせた。
倒れる兵士、ローマ市民のそれより簡素な服の人々。
―――絶賛敗北中である。
***
アルレシアに上陸し少し進むと、人々の集落を発見した。
そこへ押し寄せると、人々が手に手に鉄製の武器を持ち襲いかかり、さらには周囲の山の木から石が大量に投下されたのだ。見れば、小高い丘には木々に隠れるようにして砦がある。ブリタニア様式のそれは、まさにブリタニア人の入れ知恵か。
物量に勝る相手に押され、あっという間にこちら側は敗走。
現地の人々は今だ残党を掃討している。
一方のローマは、小さな、まだ幼い顔つきの少年を目の前にしていた。
自身の可愛らしい孫たちのように、一見性別を間違えそうなものだが、目つきが明らかに少年だ。
「あんた、ろーまだろう」
舌っ足らずな口調に思わず孫を思い出し爺心がくすぐられるが、少年の目つきは予断を許さない。
「しってるぞ、みなみのたいこく」
「そりゃ光栄だな。でもまぁ、そちらさんは相当強いようだけどなぁ?」
「ぶりたにきゃ、ぶりたーにーか、がおまえにやられたから、きたえた」
可愛さに内心悶えつつ、ローマは情報の速さに舌を巻いた。
正直、辺境の島など造作もなく征服できると思っていたため、変わったばかりの皇帝の肩慣らしにちょうど良いと思っていたのだ。
島の存在自体、最近北海周辺の民族たちが言っていたのを聞いて知ったため、完全に油断していた。
こちらが圧倒的に不利だった。
「出直すか」
ローマはため息混じりに、それでいて少し楽しそうに呟いた。
「次はアルレシアも俺の孫だ!」
高らかにそう宣言し、ローマは船の方へと向かう。
ほかに例を見たわけではないだろうが、やはり現地の人々はローマが"ローマ"であることを知っているのか、攻撃することはなかった。
「行っちゃいますよ?いいんですか?」
アルレシアに初老の男が声をかける。
「ずっと、他の"そういう人"と話したがってたじゃないですか」
「べつに…」
「次いつ会えるか分かりませんよ」
「…わかったよ」
アルレシアは渋々といった感じを装い頷き、立ち去ろうとする広い背中を追い掛けた。
「ろーま!」
「んー?」
「あ、あああのだな、つぎは、てきとしてじゃなきゃ、その、もてなして、やる…」
後半は尻窄みになって俯くと、大きな手が頭に乗った。
「かっわいいやつだなぁ!ま、いつかまた会いに来てやるさ」
「…でも、それは、せんそうなんだろ」
「まぁ、なぁ…俺としてはお前を傷付けたいわけじゃねえんだけど、勝敗は戦でしか決められねぇからよ」
「…、」
仕方なさそうに、しかしそのわりにはあっけらかんと、ローマは行ってのける。
アルレシアは頭に乗せられたままの大きな手をとった。アルレシアの小さな手にはありあまる、節くれだった大人の男の手だ。
その指をぎゅ、と握る。
「…ひとりは、いやだ」
「………」
「……おいてかないで」
聞こえるか聞こえないかの小さな声。それでも、ローマははっきりと聞き取った。
爺心が疼いて、この小さな国を連れ去って大事にしてやりたい気持ちでいっぱいになる。
「…大丈夫だ、またすぐ、来てやるからよ」
ローマは辛うじてそう言うと、縋るように指を掴む柔らかい手を解いた。
小さな顔の大きな瞳には、こぼれ落ちそうなアクアマリンが光る。
「じゃ、またな」
アルレシアは手を離して、なんとかローマから離れる。ともすれば引き留めそうになるのを、幼いながらにぐっ、と耐えてみせた。
ローマはやはり、困ったように仕方なさそうな笑顔を浮かべて、踵を返した。
その翻る赤いマントを、アルレシアは忘れることはなかった。
395年、帝国が崩壊したという知らせが入っても。