Middle Age I: the Ruler of North Sea
−新たな時代



ローマ帝国の東西分裂後、4世紀にフン人と呼ばれる民族がヨーロッパへやって来た。当時中国を悩ませた匈奴の一派などからなるアジア系遊牧民族とされる。

彼らは375年に黒海北岸の東ゴート人を征服し、東ゴート人をパンノニア(現ハンガリー)に移住させた。
それを見て恐れた西ゴート人は、逃げるようにローマ帝国に侵入し、散々荒らし回ったあとガリア南部に移住した。

ゴート人を含むゲルマン人は、これ以降各地で移動を始めた。

ゲルマン人の大移動である。

そのような大陸部の混乱を余所に、アルレシアではローマ帝国に倣い、正式に王制が始まろうとしていた。


***


古代ローマ暦を参考にした、アルレシア暦516年8月17日(西暦401年9月7日)。

都の一番大きな建物の前には、多くの市民が集まる。そして、アルレシアは生まれて初めて国が団結する姿を目撃した。

島のほぼ中央に位置する最も大きな街、レガリスタード(Regalistard)から東西南北と北東、南東、北西、南西に伸びる8つの街道に沿って人々は民族ごとに街を造り、それらが連合し、やがて3つの王国ができた。
ローマ帝国属州ガリアやブリタニアから移住してきたラテン系やケルト系が多く暮らす北部のミネラスモエニア(Minerasmoenia)王国、大陸の北海沿岸部から移住してきたフリジア人とイタリアのローマ人が暮らす西部のウェストゥラント(Westland)王国、そしてアルレシア王国である。
アルレシア王国の直轄領はレガリスタード周辺と南部のみで、南東部にはケルト系とゲルマン系サクソン人が暮らすリートラント(Litoland)伯、フリジア人とジュート人が暮らすドグラント(Doggland)伯、そして北東部にはアングロ人が暮らすオストラント(Ostland)伯がアルレシア王国に属していた。

しかし、国家の規模が小さいと外敵が侵入した際に対応が難しい。そこで、一種の集団安全保障の考えから、それぞれの国家が統一されるべきだと3つの王国の王は考えた。
そうして、最も巨大な街と最大の人口を抱え、なおかつ地理的に対応しやすいアルレシア王国が他を併合する形をとった。

ここに統一アルレシア王国が成立し、直轄領以外の地域は、ミネラスモエニア公国、ウェストゥラント公国、リートラント伯領、ドグラント伯領、オストラント伯領となった。


王都レガリスタードの中心、ローマ風のアーチ水道橋が取り囲む広場と、そこに面するギリシャ風の建物。
円柱が立ち並ぶ神殿のような景観だ。

そこで、一人の男性が冠を戴いた。その背後で、ミネラスモエニアとウェストゥラントの元王であり新公爵となる2人の男が剣をクロスさせる。
そして、冠を載せた男が大声で高らかに言った。


「アルレシア王国の建国を宣言する!」


―――1600年以上続く、王制の始まりである。


統一国として成立した途端、アルレシアは心身の成長が始まった。自我がはっきりし、思考も成熟していく。


「俺、が…アルレシア王国そのもの…」

漠然とだが、その意識も明確になった。

すると、目に映る人々がすべて、愛おしく感じるようになる。自分の子供のように、というか、家族のように、といった感じだろうか。

守りたい、そう強く感じた。


8/127
prev next
back
表紙に戻る