Middle Age I: the Ruler of North Sea
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当初は街や公国、伯領ごとに分かれていた民族は、統合とともにだんだん混合し、人口も増えていった。
その中で人々は、自分の先祖を大事にすることで、自らの人種的なアイデンティティを守ることを始めた。
アルレシア人という共通認識の上に、そのような意識を持つことで周りとの差分も得たのだ。
そこから、先祖の言葉をずっと守り続けるというような先祖を尊ぶ風習が生まれ、土着のアニミズム的宗教となった。一般に精霊信仰と呼ばれるような、先祖の言霊や街ごとの守護神などを信じる宗教である。
やがて409年にローマ帝国がブリタニアから撤退すると、その跡地に向かってアングロ人たちが移動を始めた。アルレシアを横切ってブリタニアへ向かったため、もともとアングロ人などのゲルマン系が多かった東部から、西部にもそれは一気に拡大した。
彼らはブリタニアに入ると無数の部族国家を立て、先住のブリトン人やケルト系の国家と戦う群雄割拠の状態となった。
一方アルレシアでは、統一国家事業として灌漑が始まった。
現代のアルレシア島はひし形をしているが、この頃は最終氷期だったため海面が低く、島の南東部から東部が今よりも海に突き出しており、5角形に近い形をしていた。その沿岸部は陸地とも海ともつかないようなドロドロの状態だった。
そこで、フリジア人たちがやっていたテンプの造営が始まった。テンプとは満潮時でも沈まない盛り土をした土地のことである。ミネラスモエニアの山間部を切り開いて、土砂を街道を伝って運搬し、沿岸部から数キロ離れたところで盛り土をする。そうしてできたテンプを繋ぎ合わせて、沿岸部が氷期の終わりとともに海進してくるのを防いだ。
そのような大変な事業に必死な中で、ローマ帝国の滅亡の知らせが届いた。
「…滅亡…?あの帝国が…?」
また来るからな、なんて言って去っていったのは誰だったか。
そこで初めて、アルレシアは喪失感を感じた。自我の成長とともに、感じることができる感情も複雑になっていたことが、仇となったのかもしれない。
自分でも気付いていなかったのだ。次会ったら、こんなに成長したんだぞ、と言いたくて、色々なことを頑張って来たのだということに。それができなくなってしまったことの、心がぽっかり空いてしまう感覚は、初めてのことだった。
そして、それは"国"として仕方のないことなのだ、ということも、幼いながらに直感したのだった。
***
国としての自覚が芽生えるにつれて、もうひとつ、アルレシアは自分が周りと違うことを痛感するようになった。
それは、周囲の人間との差異である。
どうやらアルレシアがこの王国そのものであるらしいということは、人々の間においてもかなり広まった。
すると、国の化身たるアルレシアに取り入ろうとする者も多く現れた。アニミズム的な土着宗教が強いことが理解を速めたのだが、良くも悪くもそれは人間たちを惹き付ける。
いわば神に近いアルレシアと、人々は何とかして繋りを持とうとしたのである。
しかし。
「…あなたの側にいることに、私はもう、疲れてしまいました」
「…そうか」
長く側に控えてきた女性は、もう生まれてから70年をとうに過ぎている。それなのに、見た目は40代と言っても差し支えない。
国の側に長くいることは、人を"人"でなくしてしまう。
魔女だの悪魔だのと言われ蔑まれた女性は、それでもアルレシアを慕って側にいてくれた。本心から、敬愛してくれていたのだ。
「……ありがとう、今まで。もう、ゆっくり休んでくれ」
「…ご多幸をお祈りしておりますわ」
女性はほっとしたように笑う。そんな笑顔は、ここ数年みていなかった。
女性が退室してから、アルレシアは自室のベッドに倒れ込む。上質な布は、いつでもアルレシアを受け止めてくれてきた。
「…ぅっ、…っ、」
そして、声を圧し殺して嗚咽を漏らすアルレシアを、隠してくれた。
あの女性を、アルレシアも慕っていた。人間たちは知っている、母親のような存在だった。母親の子への愛は、無償で、とてつもなく大きいと聞いている。
だが、もう疲れた、という言葉に偽りはないのだろう。
自分がひとりだと、思い知ってしまった。アルレシアと距離感縮めることは、人間にとって悪影響なのだから、自分から関わるわけにはいかない。
ローマ亡き今、アルレシアは孤独だったのだ。