神野の悪夢/前編−2




「…なぁ、まさかと思うけど…灯水がグルとかじゃねぇよな」

「は?何言ってんだお前」


突然の言葉に切島が諫めるようなニュアンスを籠めて言う。上鳴は慌てて「でもさ、」と続けた。


「テレパスの前に轟と爆豪のところに飛んできたんだろ?わざわざ安全な施設を出て…もし灯水が共犯なら、ここの場所リークして、肝試し休んで施設に待機して、爆豪見つけて誘導して、そんで誘拐のフリして回収されるって考えると、あいつの行動の理由も辻褄が、あっ、」


最後まで聞くことはできなかった。気が付けば立ち上がって、焦凍は上鳴の胸倉を掴んで持ち上げていた。「おい!」と切島、瀬呂が止めに入るが、氷結と炎が焦凍の体からちらつくと立ちすくむ。


「あいつは火災を止めるために施設を出て、交戦してる俺たちを見つけて加勢してくれた。なぁ、あいつはさ、お前らが思ってる以上にお前らのこと好きなんだよ。A組が好きなんだよ!」


ぐい、と上鳴の胸倉と引き寄せてから床に向かった思い切り突き飛ばすと、上鳴は受け身を取りつつせき込んだ。大きな動きに女子がびくりとし、切島や瀬呂が制止する。


「轟!」

「落ち着けって…」

「落ち着けるかよ!!」


焦凍が怒鳴り返すと、いよいよ部屋は沈黙が落ちる。止めようとしていた芦戸や麗日も力をなくして床にへたり込む。


「…USJであいつはA組の他のヤツを心配して他のゾーンを回った。ヒーロー殺しのときは飯田を、期末のときは八百万や補習組を心配してた…体育祭前の俺にA組のヤツらとは仲良くすべきだって言ったし、このクラスで頑張れることが楽しそうだった…!好きだったんだよ、お前らのことが…ッ!!」


焦凍がなるべく大声にならないよう押し殺して言えば、上鳴は俯いて声を震わせる。


「…悪い、俺がどうかしてた…知ってたよ、俺だって、それくらい……俺、一昨日、あいつに作り笑いやめた方がいいとか言って…ただ、灯水ともっと仲良くなりたかっただけで、壁とかあんま作って欲しくなくて言っただけだったんだけど、あいつ絶対傷ついてた…!」


初めて聞いたことに焦凍が顔を上げると、上鳴も同様にこちらを見上げていた。その目が泣いてこそいないが、水分量が多くて、必死に堪えているのが分かる。


「俺最低だ…罪悪感が嫌で、もう謝ることもできないかと思ったら耐えらんなくて、逃げるためにあんなこと言った…轟の気持ちも、あいつのことも何も考えてなかった…ごめん、ほんとごめん…」

「…上鳴……」


上鳴は普段こそアホなヤツだが、素直でいいヤツだ。そういうところを灯水も好んでいた。率直に自身の非を認めた上鳴の肩に手を置くと、「悪かった」と焦凍も謝った。上鳴が本心からああいうことを言うヤツだと思っていなかったのに、手を上げてしまった。


「俺も、謝らねぇと。ちゃんと、灯水に」


すると、切島も上鳴の背中を軽く叩いて言った。上鳴と一緒に切島も灯水と話したのだろう。さらに尾白も立ち上がった。拳を握りしめて、眉を寄せている。


「俺も、おととい聞いてて、否定するべきだったのに言えなかった。俺は灯水の作ってない笑顔とか、拗ねた顔とか、焦った顔とか、結構色々見てたからそんなことないって言えばよかったのに、いつもそうして欲しくて上鳴たちに否定しなかったんだ」

「…ちょっと待て尾白、お前なにひとり灯水のそんなレア顔見てんの?」


そんな尾白に、上鳴が先ほどまでの殊勝な態度を引っ込める。


「そ、そうだぞ尾白!なんで拗ねた顔とか拝顔してんだおめー!」


切島も憤慨すると、尾白はどや顔で後頭部をかきながら答えた。


「屋内対人訓練からの仲だからな。体育祭のときとか、俺が棄権したときに気にしてて。ぶっちゃけ、めちゃくちゃ可愛かった」

「はぁ!?審議だろこれ!」


上鳴はついに立ち上がって尾白に詰め寄る。そこに飯田も「俺は入院中に眠そうにしながら林檎を咥えているのを見たぞ」と申告し、障子が「授業中に落書きしてそれに自分で笑いを堪えていたな」と隣の席自慢を始めた。
あっという間に空気をがらりと変えて騒ぎになった男子たちに、張り詰めていた女子たちは「男子の空気感分からん」と神妙な顔して脱力していた。

そんなA組を見ながら、焦凍はまだ硬い顔の切島をそっと見ていた。


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