神野の悪夢/前編−3
昼食後、焦凍は一人で病院に向かった。緑谷が心配だったのと、はやる気持ちを落ち着けるためだった。落ち着かなかったのだ。
近くのバス停まで行くと、意外と本数が多いバスに乗って市街地まで行き、病院に向かう。病院というのはどこも同じような匂いがするもので、薬品の匂いに満ちた体に悪そうな空間だった。
受付で他の生徒の病室を聞いてから、まずはどこへ行こうかとカウンターを離れると、切島がちょうど来たところだった。
「あー!?轟なんでいんの!?」
「お前こそ」
「ちょっとじっとしてらんなくて…」
「…そっか。俺もだ」
朝の会話のおかげで冷静さを取り戻せたはいいが、依然として灯水が側にいない喪失感はぬぐえない。どうしようもなくて、とりあえず動いたのだ。
「八百万んとこが一番近い。そこから見に行こう」
「おう」
部屋を聞いていた焦凍が先導して2人は八百万の部屋に向かう。もう意識が戻ったと受付で聞いていたため、無事だといいと話しながら歩いていた。
すると、廊下の先、開いた扉からオールマイトの声が聞こえてきた。どうやら八百万と話しているようだ。なんとなく扉付近まで行き中と伺う。
「B組泡瀬さんに協力いただき、敵のひとりに発信機を取り付けました。これがその受信デバイスです。捜査にお使いください」
泡瀬は触れたものを分子レベルで結合できる個性を持っている。八百万の咄嗟の機転で追跡が可能な状態にしたのだ。
つまり、敵の居場所は分かっている。
焦凍と切島は顔を見合わせた。
オールマイトたちが会話を終わらせそうな雰囲気だったのでいったん離れ、休憩スペースで2人で並んで座る。
「…今、八百万に作ってもらえばもうひとつデバイスを作れる」
「ああ。そうすりゃ、敵のとこに行って助け出せるかもしれねぇよな…爆豪と灯水」
どうやら考えていることは同じだったらしい。目の前にいながら助けられなかった焦凍、何もできなかった切島。2人の抱える気持ちは同じだ。
一刻も早く、救けたい。
***
昼、生徒たちは入院組より一足早く帰宅することになった。6人足りない車内は、なぜかそれだけで寒々しく思えた。焦凍はしきりに空いた隣の席の温もりを探しては自嘲した。
「おかえり」
それぞれ警察に送り届けられて帰宅すると、焦凍は出迎えた冬美に無言で抱き締められた。焦凍が無事でよかったということと、灯水が連れ去られてしまった焦凍の心を案じるものだ。そして同時に、冬美の不安を抑えるための作業でもあった。
当然だ、心配しないわけがない。
するとそこへ、炎司がやって来た。玄関までわざわざ迎えに来たのだろうか。
「…灯水が攫われたんだったな」
もしもこれで清々するなどというようなことを言おうものなら、先にこいつを殺すと内心焦凍が思っていると、炎司はフンと鼻を鳴らした。
「弱いから連れ去られるんだ、まったく。修行が足らん」
「っ、おい、」
「だから、帰ったら鍛えなおしてやる。お前もだ焦凍。…なるべくすぐに地獄を見せてやるから待っていろ」
炎司はそう言うと書斎へ引っ込んだ。それだけ言いに来たらしい。今のは、ひょっとして。
冬美を見ると、呆れたように笑う。
「素直に俺が連れ戻すって言えばいいのに。あれであの人、昨日雄英に電話して怒鳴り散らしてたのよ。「誰の息子だと思ってる!」ってね」
思わず呆然としていると、冬美は苦笑を引っ込めて手を胸元に当てる。いつもこうして心配ばかりかけさせていた。
「…私、勝手にあの子は大丈夫って、心配いらないって思ってたのよ。焦凍と違ってメンタルは強い子だから。でも…灯水だって、まだ15歳よ…今ごろ、どんな思いで…!」
「姉さん…」
冬美はボロボロと涙をこぼして、目元をそっと拭う。そのしぐさは母にそっくりだった。
「お母さんなんて熱出しちゃってるんだから…早く、早く灯水に会いたいって」
ここにきて、焦凍はひとつの可能性に思い至る。今まで、冬美や母が心配していたのは焦凍のことだった。灯水が心配をかけているところなど見たことがなかった。それはもしかすると、焦凍のことを皆が気にかけるよう自分は心配かけまいと頑張っていたのではないかということだった。
焦凍は、守られてばかりだ。簡単なことにも気づかずに憎悪に溺れていたときに、灯水はいつも側にいた。
今度こそ、焦凍が守るべきではないのだろうか。