神野の悪夢/前編−10


テレビの会見では、あたかもまだ調査中と言って時間があるように見せていた。しかしその実、すでにヒーローたちが組織化されて救出に動いていたのだ。動揺する敵連合たち。


「攻勢時こそ守りが疎かになるものだ」


するとそんな声とともに、扉の隙間から髪の毛が薄く伸びてきた。それはどんどん人の形となって隙間から出てきて、中に完全に入ると元の厚みを取り戻す。体を紙のようにして移動することができるのは、ヒーロー・エッジショットだ。エッジショットは鍵を開けると、扉を開けて中へ警察の機動部隊を誘導する。外からは警察やヒーローたちの喧騒が聞こえていた。


「ピザーラ神野店は俺たちだけじゃないぞ。外はエンデヴァーをはじめ手練れのヒーローたちと警察が包囲している」


エンデヴァー、炎司がいると聞いて体がぴくりと揺れる。同時に、外から炎司のでかい声が聞こえてきた。


「塚内ィ!なぜあのメリケン男が突入で俺が包囲なんだ!中にいるのは私の息子だぞ!!」


そんな言葉に、どくん、と心が揺れた。初めて、炎司が灯水のことを「息子」と呼んでいるのを聞いたからだ。
当のメリケン男ことオールマイトは、爆豪と灯水を見て頷く。


「怖かったろうに、よく耐えた!…ごめんな、もう大丈夫だ少年たちよ」

「こ…怖くねぇよ余裕だくそ!!」


全力で否定する爆豪の横で、灯水は頷き返すにとどめておく。まだ終わっていないからだ。
死柄木はオールマイトを睨みつつ、黒霧に指示を出す。たとえシンリンカムイに縛られていようとワープは関係ない。


「仕方ない…黒霧!持ってこれるだけ持ってこい!!」


持ってくる、ここで考えられるのは脳無だ。このビルにはいないらしく、黒霧がワープさせようとするが、何も出てくる気配がなかった。


「…すみません死柄木弔…所定の位置にあるはずの脳無が、ない…!」


それを聞いてオールマイトは確信を深めたように笑う。だがその声は明るくはなく、様々なものを押さえたような声だった。オールマイトは爆豪と灯水の間に立って、2人の肩に手を置く。


「敵連合よ、君らは舐めすぎた…少年たちの魂を、警察のたゆまぬ捜査を…そして、我々の怒りを!!」


どうやら、この作戦は脳無の格納庫でも行われていたらしい。どこにあるかはわからないが、同時に制圧しているのだろう。


「ここで終わりだ、死柄木弔!」

「終わりだと…?ふざけるな…始まったばかりだ…」


相当追い詰められているらしい。死柄木は脱出だけでもしようと黒霧を呼ぶが、即座にエッジショットの攻撃が決まって黒霧は気絶する。オカマの悲鳴が響いた。どうやら実体部分を攻撃して気を失わせたようだ。
グラントリノはここにいる全員の犯罪者の実名を呼ぶ。もう警察の捜査は彼らの素性まで行きついているのである。


「ふざけるな…失せろ…消えろ…」


死柄木の震える声がするが、オールマイトは張りのある声で怒鳴った。


「ヤツは今どこにいる!!死柄木!!!」

「お前が!嫌いだ!!!」


そう死柄木が憎悪にまみれた声で叫んだ瞬間、その両側から突如として黒い液体が出てきた。中からは脳無が2体出てくる。ワープのようだが、黒霧は沈黙したままだ。
ヒーローたちだけでなく、死柄木も驚いたようにそれを見ていた。


「エッジショット!黒霧は…!」

「気絶している!こいつの仕業ではないぞ!!」


叫ぶグラントリノに返すエッジショット。オールマイトははシンリンカムイに「絶対放すんじゃないぞ!」と指示するが、次々と液体は空中に現れて脳無を出現させていく。

何が、と思った瞬間、灯水の体の内側からせりあがってくるものがあった。何かを吐くときのようだ。


「うっ…!?」


灯水の口から意思に沿わず出てきたのは、真っ黒な液体だった。隣で爆豪も口から黒い液体を出しており、脳無が出ている液体を同じだと察する。ということはつまりこれは、ワープ個性の一種だ。
喋ることもできないまま、異様な臭いを放つ液体が口から出てきて体を包んでいく。オールマイトの焦った声が聞こえるが、敵たちも同じ状況になっているのを視界に収めると、それを最後に視界は真っ暗になった。


次の瞬間、突然地面に足がつき、ふらつきながらも液体をすべて吐き出す。


「うえぇっ…!」

「っんじゃこりゃあ…!」


爆豪と2人、着地したのはやけに埃っぽい場所。目の前には、フルフェイスのマスクをつけた大柄な男がひとり。
その後ろには半壊した倉庫があり、周囲の建物も半壊している。何事かと振り返ると、何かが吹き飛んだかのように地面ごと街が一区画抉れ、ビルがとても自然ではないような壊れ方で瓦礫の山と化していた。抉れた地面の周りには吹き飛ばされた街の瓦礫が集まって山となり、このあたり一帯が停電、そして悲鳴や痛みに叫ぶ声と怒号が遠くに飛び交っていた。あちこちから煙が立ち上る様はまさに地獄絵図。
その手前、2人のすぐ後ろに、敵連合が次々と黒い液体に包まれて姿を現した。この破壊も転送も、すべてこの男の仕業らしい。


「悪いね、爆豪君、轟灯水君」


そんな男の声は、なぜかとても不気味で、鳥肌が全身に立つのを感じた。


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