神野の悪夢/後編−12


その後、戻るのが遅いことを心配した警官がびっくりして灯水と焦凍を見つけ、焦凍が機転を利かせて「しばらく側にいてやってもいいですか」と頼んでくれた。警官に通されたのは個室の仮眠室で、家族が来れないならここで泊まって良いと言われた。
明るい廊下を歩くうちに涙は引っ込んだが、仮眠室から警官が出ていくと、耐え切れず灯水は焦凍に抱き付く。立ったままだったため、焦凍は不満も言わずに灯水を抱えて一緒にベッドに横たわった。

腕枕される形で、焦凍に抱き込まれる姿勢になる。灯水が恐る恐る焦凍の胸元に近づくと、焦凍は遠慮してんじゃねぇと副音声が聞こえそうな強引さで灯水を抱き込んだ。


「…なぁ、攫われてる間、なんもされなかったか」

「うん、勧誘されたけど特に…あ、いや」

「…んだよ。ここで言わなかったら怒るぞ」


荼毘にされたことを思い出して言葉を詰まらせると、焦凍は目ざとく気づいて追及してくる。後頭部を撫でる手がぐりぐりと脳天を押してきて、地味に痛いので口を割った。


「ちょっと頭撫でられて抱き締められただけ。今思うとすげー子ども扱いじゃんね」

「……灯水、これから俺はお前のことを撫でまくって抱き締めまくるからな」

「え、なぜ?」

「むかつく」


単純明快な理由で苦笑すると、脳天を押していた手が言葉通り撫で始める。その心地よさに目を閉じてさらに焦凍にすり寄ると、ぴたりと止まる。


「お前、そんな可愛い仕草向こうでしなかったよな」

「何が可愛いのかは分からないけど、まぁしなかったよ」

「はぁ…くそ、灯水が無事に帰って来たと思ったらなんかだめだ、止まんねぇ」


焦凍はおもむろにため息交じりにそんなことを言ってきた。頭を撫でる動作は再開され、ぎゅうと抱き締める力は強くなる。


「何が?」

「灯水が愛しい気持ち。もうだめだ。俺の灯水のことを愛してるこの感情、カンストしちまってるみてぇだ。悪い」

「もはや謝って来た…こわぁ…」


だめなのは焦凍の頭では?と思うが、こうして焦凍に抱き締められている状況は今日助からなかったら得られなかったと思うと同じようなものだった。気にせず享受している時点で結局同じだろう。


「…それにしてもさ、オールマイト、すごかったね」

「あぁ…まさに平和の象徴だったな」


そんな中、ふと灯水は思い出したように口にする。灯水が助かったのも、ひとえにオールマイトのおかげによるところが大きい。むしろ、この戦い全体や日本にとって、オールマイトが今日死ぬ気で頑張ってくれたことは重要だった。
人々は彼に、最後の望みを託していた。オールマイトにしか、この戦いや神野区、そして日本をオール・フォー・ワンから守る力がなかったからだ。


「…焦凍はさ、ヒーローってなんだと思う?」

「哲学的だな…そうだな、やっぱ、理屈抜きに人を救けようとするヤツ」

「緑谷君も同じこと言ってた」


緑谷、そしてオールマイトも言っていたことでもある。事実、今日来てくれた者たちはそういう意味で間違いなくヒーローだった。


「…俺ね、今日死柄木たちの思想を聞いて、オールマイト見て思った。社会は変えようと思わなきゃ変わらない。同じようにさ、つらい状況では自分が変わろうとしないと環境は変わらない。社会も自分の周りも、勝手に変わってくれないから。勝手に変わってくれたらそれは奇跡でしかない」

「…まぁ、そうだな。自分の思う通りの状況になることをただ願ってもしょうがねぇし」

「うん。でも、どうしてもその「奇跡」に頼らないといけないことだってある。分かりやすいのは災害や事故、敵犯罪だけど、焦凍みたいに家庭でそういうこともある」

「…確かに」

「そういうときに、その「奇跡」になれる人。それって、きっとその人にとっての「ヒーロー」なんじゃないかなって、思ったんだ」


焦凍が灯水のことをヒーローだと言ってくれたのと同じことだ。どうにもならないときに救けてくれる「奇跡」のような人、それがヒーローなのではないか。


「今日、この街にとって、そして日本にとって、オールマイトは「奇跡」であり、まぎれもないヒーローだった。俺は、そんな国家スケールでなくてもいいけど…ただ、誰かの「奇跡」になれるようなヒーローになりたいって思った。オールマイトみたいに強くて、なるべく多くの人にとって「奇跡」になれる、そんなヒーローになりたい」


それは、今日、焦凍によって気づかされ、今まで抱えていた葛藤をすべて解決した灯水が純粋に思えた憧れであり夢であり、具体的な目標だった。分からなくなっていた自分のことも将来のことも、今灯水はようやく形にできたのだ。


「いいんじゃねぇか。俺が灯水に救けられた第1号だな」

「はは、焦凍だってさっき俺のこと救けてくれたじゃん。俺にとって、今までのどうしようもなかった状況を救ってくれた焦凍は、やっぱりヒーローだよ」


互いに互いが最初のヒーローだ。それもそのはず。
なぜなら2人は、双子なのだから。


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