神野の悪夢/後編−11
ここまで話すと、焦凍は灯水がどのような状態だったかほとんど分かったらしい。目を見開いて、思っていたよりも気づけなかったことが多くて、ショックを受けているようだった。やはり、話さない方が良かったのかもしれないが、今更やめてもしょうがない。
「…ずっと考えてたんだ。こういうこと。暗いヤツだよね、だから作り笑いなんて…」
「…灯水、」
「…ごめん、気分悪いこと話して。でも俺、焦凍には格好いいヒーローになって欲しいし焦凍はそうなれるから、応援、」
そう言い終わる前に、軽い衝撃。灯水は焦凍に抱き締められていた。合流したときよりもずっと強く、深く。焦凍の手が灯水の後頭部に回って、半強制的に焦凍の肩口に押し付けられて、焦凍の温もりと匂いに包まれる。
「ごめん、灯水、ごめん、本当に、悪かった…!ずっと隣にいたのに、俺は、本当に何も、見えてなかった…!!」
焦凍の声は震えていた。怒りでもあるが、それよりも大きな悲しみだった。背中に回された筋肉質な焦凍の左腕が抱き締める強さは、焦凍の震えを押さえるようでもあった。
「俺は、この世で一番大切な人を、ずっと苦しめたままにしてきた…ほんと、最低だ…!」
「な、ちが、焦凍のせいじゃないよ!俺がただ、不完全なヤツだっただけで、」
「んなわけねぇだろ!!お前が、空っぽな、存在意義のねぇヤツなわけねぇだろッ!!」
灯水を遮る焦凍の声は悲痛な色すら帯びていた。自身が灯水の苦しみを背負っているようだった。いや、ようだ、ではない、焦凍は灯水に同苦している。
「俺のことを恨まずに、俺を守りたいって思ってくれたのも!A組のヤツらを好きだって思ってるのも!飯田を救けたいって思ったのも!!全部、全部お前だろ、灯水!!!」
「っ!!」
そう、最初の最初に、灯水は家族の目が焦凍に向いたときに焦凍を恨むようなことはまったくなかった。守りたいと思った。「兄だから守らなければならない」という義務感だけでなく、恨まずに焦凍のために生きようと思ったのは、他ならぬ灯水自身だった。
「焦凍のために」と基準にしてきた表面上の感情より前のことなのだ、それは灯水の、まさに原点である。
「灯水は最初からずっと、俺や、家族を守りたいって思ってくれてた、立派なヒーローじゃねぇか…!」
「…あ…、俺、おれ…」
鎖が、外れていく。ずっとなくしていたと思ったものは、本当はなくしてなどいなかった。気づいていなかっただけだった。
ちゃんと、灯水自身の感情はたくさんあったのだ。守りたいと思ったのも、A組を好きだと思ったのも。そして、そもそも今までの状況をつらい、苦しいと思っていたのもそうだ。
「我思う故に我あり」ではないが、存在意義だとか、そんなものは考えるまでもなく、灯水ははっきりここに存在して、灯水自身の感情があって、灯水自身の思いがあった。それを灯水の存在証明と言わずなんと言うのか。
蓋をしていたすべての感情が流れ出す。もう、それを止めようという警告はなくなっていた。
「焦、凍…」
「あぁ」
「……救けて………!」
ずっと、言いたかったことだった。ずっとずっと、灯水が、他ならぬ焦凍に求めていたことだった。
「…もう大丈夫だ。俺がいるから」
「…っ、しょ、うと…!」
焦凍の温かい声が聞こえると、堪える間もなく、灯水は目からボロボロと多くをこぼし始めた。白い焦凍のシャツを濡らしていくそれはもう止められず、今まで耐えてきた分を、すべて出し切るかのようだった。