置いて行かれたのは−10
焦凍は、別に自分が浮かれていたわけではないと思っている。
確かに、灯水とそういう関係になれて、長年の想いが実って幸福の絶頂のようにも感じたけれど、それに至るまで、どれだけ灯水のことを傷つけ、とりわけ体育祭から神野区の事件まで苦しめてきたかと思うと、焦凍は自己嫌悪すら覚えそうだった。
だから、体育祭で緑谷に救われて変わることができた自分が、今度は灯水のことを守っていきたいと思った。
これまでの人間関係の作り方をやめて素で生きていくと宣言した灯水はどこか無防備で、さらに人の注目を集めるようになってしまったものだから、なおさらその思いは強かった。
恐らく、それが間違っていたのだ。
焦凍は、こんなにも簡単なことになぜ気づかなかったのかと、自分の迂闊さを呪った。
仮免試験は、焦凍の目を覚まさせる絶好の機会だったといえるだろう。
***
まず、試験前にイナサと灯水が抱き合っているのを見て、なんだこいつと思った。灯水に触れている時点で焦凍としてはむかつく。だが、ずっと一緒に生きてきた焦凍は知らず灯水だけが知り合いというのはなかなか考えづらくもある。抱き合うほどの仲の中学時代の友人などいなかったからだ。
いったい誰だという不信感はずっと残っていた。
続いて一次試験。クラスから離れて工場地帯で戦って休憩室に入ると、すでに灯水がいた。しかも、イナサとやたら楽し気に話している。
戻ってきて通過順位を聞けば2位だ。50位代の焦凍とはケタが違う。
少し話を聞いてみると、霧氷という自然現象を模した技で勝ち抜けたのだという。聞いているだけで高度なコントロールを必要とする技に気が遠くなった。焦凍はやろうとも思えない、氷結で終わらせてしまうだろう。
そしてA組が揃い、休憩時間。イナサに思い切って話しかけてみると、久々にエンデヴァーの息子呼ばわりされた。しかも、ネガティブな文脈だ。アンチの多いヒーローとはいえ、焦凍を含めて嫌いと言われて驚いた。
それに気を遣った灯水が間に入ると、なぜかイナサは灯水のことはべた褒めし、あまつさえ肩を抱いた。
苛立ちで炎を出さなかったことを褒めたいくらいだった。
そして二次試験が始まると、今度は灯水の実力に愕然とした。
灯水は繁華街に入ると、他校の生徒を臆せずコミュニケーションを取った。しかも適切に人員配置まで指示している。
思い返せば、灯水の中学時代は焦凍のために社交的にふるまっていた。あれが成立して人気者になっていたということは、問題はあれど人の人気を集めるには適切な言動をしていたということで、やろうと思えば人に好かれるコミュニケーションが簡単にできるのだ。
しかも、そのために人間観察も得意だった灯水は、人の様子を見定める力がある。こうした場面での人員采配がうまいのは当然だし、他校と円滑にコミュニケーションを取るのも自然だし、即席チームアップで捜索をガンガン進めるのも当たり前だった。
焦凍は傷病者を運ぶくらいしかできず、灯水がすぐにあの区画のリーダーになって、周りの者たちが無意識に指示を仰ごうとしているのがよく見えた。
だから焦ってギャングオルカとの戦闘に赴けば、イナサと衝突して喧嘩、そして不合格というザマである。
そう、イナサが言っていたように、灯水はもともと魅力的な人間だ。焦凍とのことを解決し吹っ切れた灯水は自然体になって、ちょっとした隙ができたから、それが色気と魅力となって多くの人々を魅了するのだ。
焦凍のために生きてきたころに培った能力は消えたわけではないので、こうやって使いどころで使えば力になる。
個性の使い方も垢ぬけて洗練されたようで、必殺技もいくつかある。
解放された灯水は、正直、焦凍には追い付けないほどの力を持ったすごい人なのだ。理由は簡単、人生を焦凍のために捧げるほどの強い軸を持つことができる、優しい優しい、焦凍の双子の兄だからだ。
イナサのこともそうだが、過去や血にまだ囚われて、完全にそれを清算できていないのは焦凍の方だった。
イナサの直球な言葉が、灯水との差が、それに気づかせてくれた。
体育祭のあと、置いて行かれたようだったと言っていた灯水。
今、置いて行かれたのは、他ならぬ焦凍だった。
真に対等な、自立した個として、焦凍は灯水の隣に立たなければならないし、隣に立ちたい。
気を抜けば置いて行かないでくれとみっともなく縋ってしまいそうだが、ここで焦凍はくじけるわけにはいかない。
灯水のことを、一生守ると決めたのだから。