焦凍、焦燥、衝動−11
バタン、と閉まる扉。
焦凍はとても、それを開けて追いかけようという気にはなれなかった。
脳裏に強烈に焼き付いているのは、灯水の目元から流れる涙。
「……なに、してんだ……俺は……」
だんだんと自分の仕出かしたことの酷さを知覚して、手が震える。さらにフラッシュバックするのは、神野区の事件の夜、警察署の前で、それまでの苦しさを吐き出すように涙を流した灯水の姿。
「また俺は……灯水を……」
もう泣かせないと、自分が灯水を守ると誓ったのだ。それを、自分は。
灯水がいないせいか広くなった部屋はあまりに空虚で。焦凍はじわじわと広がる自己嫌悪の波に溺れるような、そんな気持ちになっていた。
そもそも、ここ数日の焦凍は自分の心を制御しきれていなかった。
仮免に落ちてしまったことは、初めての焦凍にとって大きな挫折だった。実力でなく、心の弱いところのせいで落ちたのだ。
一方で灯水は大活躍で、一次試験も二次試験もトップクラスの合格、講評も恐らくA組1番だ。
灯水が、一歩前に立っているような気がした。
そしてインターンの話になり、焦凍は仮免がないために行けないそれを灯水が前向きに考えていると知った。さらに3年がやってきて、そしてあの戦闘。
ミリオの圧倒的強さを前にどんどんやられていく遠距離組の中で、素早く灯水はミリオの攻撃を避けて緑谷のところに逃れた。すぐに緑谷と意見を出し合っていたから、自然と緑谷を頼ったのだろう。
焦凍も緑谷は頼れるヤツだと思っている。何よりも、体育祭で焦凍の凍った心に闘志を燃やしてくれた、食べかけのまま捨てたあの夢をもう一度取り戻させてくれたのだ。
だが、灯水が真っ先に頼ったのが自分でなかったことに、相澤の近くで静観の構えを見せていたのは自分だったはずなのに、理不尽にも不快に思えてしまった。
しかも灯水は、ミリオの個性に対して予測して手を打った。ミリオが褒めていたように、あの個性の弱点を突くために奇抜な作戦を考案し、それをさらに新技で実行した。
間欠泉によるノーモーションでの範囲攻撃を確実にミリオに決め、その手に火傷を負わせたことに、相澤も感心していたほどだ。
昔から考えることが得意で将棋なども上手かった灯水だが、その強さはますます拍車をかけているようだった。
そんな灯水との実力の差を改めて突き付けられた。
灯水が、さらに遠いところに立っている気がした。
年相応に悔しがる姿なんで焦凍は見たことがなかったし、ミリオを名前で呼ぶほどに仲良くなっているのも、とても前向きに雄英生らしく前進しようとしているのも、どんどん焦凍を置いて行っているようだった。
もう、焦凍から見えないところを、こちらを振り返りもせずに走っているようだったのだ。
その焦燥感が、焦凍を突然の衝動に突き動かさせたのだろう。
遠いところへ行こうとする灯水を引き留めようと、繋ぎとめようという、みっともない衝動だ。
それは最悪の形で表出してしまった。
同意もなく、突然押し倒し、うるさいと口をふさぎ、嫌がるのを押さえて無理やり指を突っ込んで。焦凍がそのまま気づかずにいたら、もし灯水がその優しさで焦凍に個性を使って抵抗せず、焦凍が最後までできてしまっていたら。
いや、そこまで仮定せずとも、今日焦凍がしたことは、完全に、ただのレイプだ。
恋人に、しかも焦凍が気付かずに体育祭から神野区までずっと傷つけて苦しい思いをさせてきた灯水に、今度は自分が守ると決めた相手に、そんな行為をしたのだ。
「ハッ……つくづく俺は親父似じゃねぇか……」
どれだけ灯水が怖かっただろうと、傷ついただろうと思うと、焦凍はもう、胸を張って灯水の恋人だと言える自信すらなくなっていた。
実力も、精神的な成熟度も、そして恋人としても。焦凍は完全に自信を失っていた。