″ヒーロー″−11
部屋に戻ると、焦凍がすぐにくるりと振り反って灯水の顔を確認する。
「もう泣いてねぇのか」
「え、まぁ…」
「我慢しなくていいんだぞ」
心配する様子の焦凍に、灯水は苦笑した。本当に大丈夫なのだ。これが夏ならまだしも、神野事件で救けられて以降、炎司に対する見方が変わっていたので、今はまだインパクトがあまり大きいものではなくなっていた。
灯水が本当に大丈夫なのは焦凍も分かったようで、とりあえず2人は布団を敷く。
まだ1か月しか経っていないからか、この部屋では癖で布団を二つ出そうとしてしまう。もちろんできるが、敷布団を出しながら2人で目が合った。
「…いらねぇか」
「…そだね」
もう1か月に渡って一緒に寝ているため、必要ないと判断した。灯水は出していた布団をしまって枕だけ出す。
どうやら何度か天日干しなどの手入れをされているようで、冬美がいつ2人が帰ってきてもいいようにしているのだと分かる。それは言い方を変えれば、2人に早く帰って来て欲しいということでもある。
「ちゃんと使ってあげないとね」
「そうだな」
まったく帰らないのは改めて、きちんと定期的に帰る様にするべきだと言えば、焦凍も頷いた。
そうして寝る支度を整えると、2人で横になる。いつも通り、すぐ右側に焦凍の体温を感じた。
部屋を暗くしたところで、ふと灯水は聞いてみる。
「…焦凍は、いつ父さんに言われたの?」
「今日のことか?補習んときだな」
やはり、仮免補習で焦凍は炎司に言われたらしい。それくらいしか最近の2人の接点はなかった。
「引率がオールマイトで、ずっと話してるみてぇだった。たぶん、オールマイトの言葉から自分なりに考えた結果なんだろ」
「…なるほど。なんのために強くあるのか…そんなこと、父さんが考えるわけないもんね」
「まぁな。そんで、終わったあとに俺もほとんど同じこと言われた。俺は「勝手にしろ」としか言わなかったけど、灯水んことどう思ってんのかだけ聞いたんだ」
聞くところによると、焦凍はそのとき、焦凍を自慢に思うと言った炎司に対して、「灯水のことはどうなんだ」と聞いたのだという。それに対して炎司が変わらぬ答えを述べて、その場を後にした。
「親父は、自分で灯水に言うべきだと思った。灯水に、直接親父の言葉を聞いて欲しかった。だから、俺がメールで親父にそう言って、今回帰ることにした」
「そうなんだ」
突然の帰宅、それも理由が炎司が灯水に話があるというものだったので訝しんでいた。すべては焦凍の配慮だったようだ。
焦凍は、言葉以上に考えていたのだと思う。八斎會の作戦で、灯水が落ち込んでいることは焦凍が一番よく知っていて、それが救けられなかったことに起因するというのも灯水が話して知っていた。
炎司に認めてもらう言葉は、自信を無くしかけていた灯水にとってプラスになると焦凍は思ったのだろう。
灯水が笑顔になるためなら何でもする、と言った焦凍は、さっそくそれを実行してくれたのだ。
「…ありがとう、焦凍」
すぐ近くの焦凍の肩に額をつけて言うと、焦凍は無言で灯水の背中に腕を回して労わる様に撫でた。
翌朝、2人は相棒の車に乗るため玄関を開けた。冬美に送られて庭に出ると、遅れて炎司も出て来た。炎司も炎司で、今一度息子との新しい関係を作るということに戸惑いがあるようで、昨日はなかなか踏ん切りがつかなかったのだと分かる。好物を知っていたのも、まずはできるところから歩み寄ろうとしたのだろう。
そんな炎司に、昨日返せなかった言葉をきちんと告げてから灯水は帰寮することにした。
「…俺はまだ、自分に自信が持てない。この前の作戦だって…今までのことも忘れることはできないし、すぐに父さんがこれまでしてきたことを許せるかも分からない。でも、それでもね」
それは正直な気持ちだ。これから16歳になろうかという灯水には、ここ最近のことを完全に心で整理をつけるのにまだ時間がかかる。しかし、揺るがない思いはあった。
「…それでも、俺の中では、ずっとNo.1ヒーローは父さんなんだよ」
一番身近なヒーロー。色々な声があるし、灯水自身もエンデヴァーに何の問題もないとはまったく思わないのだが、紛れもなく、炎司は灯水にとってヒーローだったのだ。それは変わらない。
炎司はそれを聞いて驚いたようにしたあと、ふっと小さく微笑む。やはりその眼差しは温もりがあって、優しい。
「…そうか。ありがとう」
「…いーえ」
「……やはり灯水だけでも、自宅から通える別のヒーロー科に…」
「ざけんな」
すると炎司がそんなことを言いだし、すかさず焦凍が拒否する。自宅から通え、という言葉が、単純にそれだけの意味でしかないと、今は分かる。
ばっさりと斬る焦凍に連れられ、門の外へ向かう。
灯水は振り反って一言、「行ってきます」と手を振る。
「…あぁ、気をつけてな」
初めて返って来た言葉をかみしめて、焦凍と車に乗り込む。
ここ数週間、"ヒーロー"というものについて、また多くを得た。いつも人のために言動をするミリオの姿勢や、実際の現場の苛酷さ、そして救けることの難しさ。救えなかった記憶を背負って、それでも、人々のために笑顔にならなければならない。
炎司は、なんのために強くあるのか、ようやくそれを結論付けた。それは単純なことで、ヒーローなのだから、人のためなのだ。
笑顔も、つらさも、苦い記憶も、悲しみも、努力も、すべては人のために。それがヒーローであり、誰かを救う仕事なのである。
そして、灯水が目指すものなのだ。