″ヒーロー″−10



「それは…個性が思ってた通りになったってこと?」

「違う。もちろん個性の使い方の幅に広がりが出ているのは評価している。だがそれ以上に、公安の仮免試験での評価も聞いたが、ヒーローとして優れた優しさや心配りがある。人として、ヒーローとして、自慢に思っている」

「…人として」

「あぁ。焦凍もそうだ。あれほど俺ともども左側を憎んでいたのに、良い方向に変わった。炎の力を、優しいことのために使うようになった。2人とも、ヒーローたるに相応しい」


どうやら本当に、炎司は灯水のことを認めているらしい。個性婚の結果としてではなく、人間として評価しているのだ。
それは分かったが、同時に、理解できなかった。いったいなぜ、炎司はこんなことを言うのだろうか。


「…どういう風の吹き回し?ついこの間まで、俺のことなんて、いてもいなくても良い存在だったじゃん。それをいきなり、そんな…」


少しきつい言い方だが、本心だ。それでも炎司は怒ることもなく、静かに答える。


「俺は、オールマイトという絶対に越えられぬ壁に絶望した。ただ強くなりたいと思った。それでも叶わないならば、子供に託そうと思った。だがこの前に俺は気づいた…いや、気づかされた。誰よりも焦凍にな。なんのために強くあるのか…」

「なんのために…」

「俺はヒーローだ。そして、父親だ。ならばそれは簡単なことだった…社会のため、そして、最も身近な息子のために強く、偉大であろうと。そう決めた。自慢の息子たちが誇れるようなヒーローになろうとな」


オールマイトを超えるために作られた焦凍と灯水。しかし、なんのためにオールマイトを超えるのか、それは炎司自身でも分かっていないようだった。それが、最近になって気づいたらしい。人々のため、そして灯水たち息子のために強くあるべきなのだと。
焦凍が特に反応しないのは、恐らくもう同じことを言われたからだろう。しかし、灯水はそういうわけにはいかない。


「…あんたが今までしたことは消えない。母さんにしたことも、焦凍にしたことも」

「その通りだ。俺が一生背負っていく罪だ。そして、お前にしてきたこともそうだ」


個性が発現した日、炎司は冷めた目で灯水を見下ろした。それから、まったくこちらを見なくなった。灯水なんていないように扱うことも多く、焦凍と一緒に訓練を受けるようになっても、いつも焦凍の下位互換だった。
そんな中では、灯水は焦凍を生きる意味とするしかなくて、体育祭でそれすら失って。そしてあの神野区の事件が起きた。


「…俺が…俺が今まで、どんな気持ちで……!」


つい言葉が震える。焦凍は憎んでいたが、その焦凍に向けられるものすらなかった灯水が、つらくないわけがなかった。悲しくないわけがなかった。泣きたくないわけがなかった。
すべて、誰にも見せなかっただけだった。自分にも無視して気づかないふりをしていただけだった。


「…あれだけ酷いことを灯水にしておきながら、この家で、俺にきちんと接しようとしたのはお前だけだった。お前が入寮していなくなってから、俺に話しかけるヤツがいないことに気づいた。今頃気づく俺は愚かだな……すまなかった、灯水」

「……ふ、うっ、ぅっ、」

「っ、灯水、」


ついに、灯水は耐え切れなくなった。ボロボロと涙を零していくのを止めることができない。今までの悲しみと、認めてもらえた嬉しさとがせめぎ合って、ダムが決壊してしまったようだった。
炎司は慌ててこちらに腕を伸ばすが、それより先に焦凍が灯水のことを抱き締めた。慣れた温もりは今までずっと黙っていたはずで、思わず焦凍の端正な顔を見上げる。


「灯水の心を支えるのは俺の仕事だ」

「…俺の息子だぞ」

「俺の双子の兄だ」

「その兄の方が可愛げがあるんだ、いつも一緒にいるんだからお前はいいだろう」

「ふざけんな、灯水がその可愛げを遺憾なく発揮していたのをスルーしやがったのはお前だろ」

「ぐう…それは否めんが…」


なぜかそんな口論をする2人に呆気に取られて涙も引っ込む。そもそも神野事件で息子と呼んでもらってから、灯水の中では炎司との距離感に程よいものを感じるようになりつつあったので、明確な言葉をもらった動揺と嬉しさで感情が高ぶってしまっただけだった。
しかし焦凍は炎司を言い負かすと、さっさと灯水の腕を引っ張って廊下を進んでしまう。「また明日出直せ」と焦凍は捨て台詞を置いて行っていた。


213/214
prev next
back
表紙に戻る