″出来損ない″−2
2人を取り巻く状況が大きく変わったあの日のことを、灯水は今でも鮮明に思い出せる。
4歳の誕生日を迎えてしばらく、桜も咲こうかという頃合い。双子は個性の発現まで同じタイミングであったようで、同じ日に2人の個性が現れた。
ちょうど休日だったため、居間には両親と灯水、焦凍が揃っていて、炎司に「個性はどうなんだ」と何回目かに聞かれて試したときだった。
「熱い!冷たい!」
そんな声と同時に焦凍を見ると、焦凍の左手からは小さな炎が、右足からは氷の結晶が出ていた。両親の個性をはっきりと二つ受け継いでいるのだ。
一方、灯水の左足からは同じような氷が出ていたが、右手からは何も出ない。姉のような赤い髪が一房、右側の頭にあるのに、右目は青い瞳であるのに、灯水の右側はうんともすんとも言わなかったのである。畳に溶け始めた氷の水が黒く広がっていく。
「でかしたぞ焦凍!!」
ふたつの個性を受け継いだ焦凍に、炎司が勢いよく髭の炎をたなびかせて吠えるように喜んだ。そこに純粋な子供の成長を喜ぶ姿など、幼い灯水の目にすら見えていなかった。
「で?灯水は氷だけか。まったく、髪や目で俺の遺伝子を継いでいるかと期待したが…」
そして、炎司が灯水に向けた目の驚くほど冷えた印象も、強く灯水の中に残っていた。「あなた、」という諫めるような冷の声も、炎司には届いていない。
「もともと未熟児に近い状態で生まれてきた軟弱者め。兄たちのレベルにすら達していない。焦凍が最高傑作なら、お前は出来損ないだな」
双子といえど、二卵性。結局どんなに近しい存在でも、一卵性の双子ほどのものではない。
焦凍という「完成品」に対して、灯水に付けられたラベルは「不良品」と言ったところだろうか。少なくとも炎司の中ではそうだった。和室が持つ研ぎ澄まされた空気は、さらに鋭利なものになって灯水の全身を刺しているようだった。
***
その日から、焦凍への英才教育が始まった。オールマイトを超すべきヒーローとして炎司が直接修行を行うのである。
心優しい冷も、兄弟たちも、皆突然つらい修行の渦中に放り込まれた末っ子を心配した。毎日傷だらけになって、母屋から離れた道場からの怒声が聞こえるほどのスパルタ教育が行われているようだった。
冷は心配して毎日のように道場で焦凍の様子を見に行き、やりすぎだと止めようとしては殴られていた。修行を終えた焦凍に、冷や姉の冬美たちは真っ先に駆け寄った。
本当に突然だった。灯水のことを、誰も見なくなったのは。それは、灯水が出来損ないだったからというより、あまりに焦凍が大変な目に遭っていたからだ。だが当然、当時の灯水にそんなことは気づけない。
(焦凍、大丈夫かな。けがしてないかな)
1人になることが多い双子用の子供部屋で、誰もいない中クッションを抱えて考える。頭を占めるのは、焦凍のことだけだった。
(また泣いてた。痛そうだった。大丈夫かな)
いつも一緒だった双子の弟と、同じ時間を過ごすことはほとんどなくなってしまった。それまで灯水の世界の大部分を占めていた焦凍がいなくなり、残りの世界を占める姉と兄弟も近くにはいなくなった。
まるで、空っぽになったようだった。
誰も灯水を見ない中で、灯水の存在意義などないし、灯水の存在証明もない。
唯一灯水の自我を保つものが、焦凍の双子の兄であるという事実だった。そればかりは、目に見えていなくても変わらない。
兄だから、焦凍のことを心配するし、助けなければならない。そう考えていると、満たされるようだった。灯水の空の容器に、存在を見出すことができた。
そしてふと気づく。そうだ、このままではいけない。考えているだけではだめだ。焦凍を助けなければ。そうしなければ、灯水が存在する意味などないのだから。
(僕は焦凍のお兄ちゃんだから、助けないと)
なぜ焦凍はこんなにもつらい目に遭っているのか?
(僕が”出来損ない”だから。父さんが言ってた)
なぜ焦凍だけでなく、家族の誰もが灯水の近くにいない?
(僕が”出来損ない”だから、僕の分まで焦凍のことを助けようとしてるんだ)
このままではどうなる?
(焦凍が死んじゃうかもしれない。きっと皆優しいから、”出来損ない”の僕のことも守らなきゃって思うかもしれない)
それならどうする?
(”出来損ない”をやめよう、じゃないと、焦凍を守れない。家族の皆に焦凍だけを守ってもらえるように、僕は誰にも助けてもらう必要がないような人にならないといけない。そう、オールマイトのような!)
それは、いつまでも灯水の
原点であり続けた。灯水が灯水たる理由であり、ヒーローを目指す理由であったのだ。