″出来損ない″−4


それから1年、灯水は自力で修行を重ねた。焦凍が炎司に道場で扱かれている間、灯水は庭の池の近くでひたすら個性のコントロールを行っていた。冷に聞いて、普段焦凍がやっていることの真似もした。
この頃には灯水が何をしようとしているのか、冬美や冷には分かっていたようだ。双子の未来を分かたないためにも、そして焦凍がひとりにならないためにも、灯水の試みをこっそりと応援してくれた。

しかし、それも1年後、大きく変化する。

もとから個性婚に苦しんでいた冷は、焦凍を守ろうと炎司に殴られることも多くなり、その中で加速度的に心を病んでいった。子供部屋や冷の自室ですすり泣く声が毎日聞こえて、冬美の心配そうな顔や焦凍の心細そうな顔も何度も見た。
心優しい皆にそんな暗い顔をしてほしくない、と灯水は焦凍といる時間を長くして、冬美にも笑顔で話しかけた。オールマイトはいつも笑っていた。だから自分も、個性はまだまだでも笑顔くらいは。そう思って、まったく楽しくも嬉しくもなかったけれど、笑顔を見せようとし続けた。

だが、それはまさに焼け石に水だった。



「っああああぁぁ!!!痛いよぉ!!あ、熱いぃ!!!」



夜、家じゅうに響き渡った絶叫。子供特有の甲高いそれは、焦凍のものだった。急いで灯水が子供部屋を飛び出して廊下を走ると、一瞬遅れて冷の悲鳴のような呼び声も響いた。


「焦凍っ、焦凍おおお!!!いや、誰か!!!!」


いつになく取り乱して混乱した絶叫は、灯水の背筋をすくませる。人の本気の悲鳴は、他人を簡単に怯ませてしまうのだ。
それでも灯水は走った。焦凍が、ただただ心配だったからだ。


台所に着くと、入り口のところに焦凍がしゃがみ込み、顔の左上を押さえてわあわあ泣き喚いていた。その前に力をなくしたように呆けて座るのは冷。髪を乱し、完全に放心状態である。


「焦凍!!!」

「灯水!うわああん、痛い、痛いよぉぉ!!!」


側に転がるヤカンと、まだ湯気の立つ床に広がる熱湯。何があったのかは幼くても分かる。
自身が熱湯で火傷することの多かった灯水は、冬美に教えられて広範な火傷への対処を聞いていた。とにかく、大きいタオルなどを濡らして患部に巻く。いきなり冷水をぶっかければいいわけではないのだという。
灯水は着ていたシャツを脱ぐと、両手から冷水を出してシャツを濡らした。それを、焦凍の手を外して患部の頭を覆うように巻く。

そこへ、騒ぎを聞きつけた冬美たちが到着し、焦凍は救急車で病院へ運ばれた。
冷はひとことも喋らず、ぴくりとも動かなかった。


***


そうして、焦凍は一生消えない火傷の跡を顔の左上半分に負い、冷は病院に強制的に入院させられた。
自分の熱湯によって、熱湯がどんなに熱いものは知っている灯水は、焦凍の苦しみと痛みが分かって思わず泣いてしまった。しかしこれが、2人にとって一生消えない心の傷になるのだろうことも、容易に想像がついた。

焦凍が退院した日、様子を見に行こうと子供部屋に行っても姿がなかったため、嫌な予感がして道場に向かえば、そこには炎司と焦凍がいた。退院したその日から修行を再開するつもりなのだ。
この期に及んで、何をしているのか。ヒーローなのに、人を悲しませてばかりの父に、灯水はすでに見切りをつけていた。もうこの人は、変われない。
焦凍はこのままずっと、オールマイトを超えるための道具として炎司に使われることになる。

それならば、自分がそれを変えてやる。炎司を変えることはできないけれど、焦凍をひとりにしないで、孤独にしないようにする。


「お父さん!!!」


思い切り道場の扉を開くと、中にいた炎司と焦凍が驚いたようにこちらを見た。その炎司に向かって、できる限りの怒気を向けようとした。冷を、焦凍を苦しめる炎司に少しでも伝わるように。
すると、灯水の全身から突然、白い蒸気が大量に噴き出した。催涙弾のように一気に室内に満ちる蒸気に、炎司と焦凍の驚愕の声が聞こえる。
白い蒸気がまるで、灯水の怒りを、そして決意を形にしたようだった。焦凍の姿を守るように包み込み、炎司にまとわりつく。


「僕もヒーローになる!!」


焦凍や、冷や、冬美、家族のことを守り、家族が灯水のことを守る必要なく焦凍に寄り添えるような、強いヒーローに。その決意が、空っぽだった灯水の心を隅々まで満たしたのだった。


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