燃えろ体育祭/前編−12
『さぁ上げてけ鬨の声!血で血を洗う雄英の合戦が今!狼煙を上げる!!』
交渉時間が終わり、ついに始まりのときがやってくる。広いコートが四角く広がり、その周りに騎馬が並んだ。爆豪チームが665点、焦凍チームが615点、そして緑谷チームが1000万325点。
ほとんどが自分のクラスで組んでいる中、心操チームが異質だ。特に、障害物競走4位の灯水が騎馬にいるのが、周囲の騎馬に不思議そうに見られていた。
『いくぜ!残虐バトルロイヤルカウントダウン!!』
隣で心操を支える尾白は目がうつろで、思考の気配がない。このまま勝ったら気にしそうだ。どうにかして目を覚ましてやりたいが、解除の仕方が分からないためどうしようもなかった。
それに、そんな悠長なことを言っている余裕もない。実質個性を使えない灯水が戦力外の状況では、心操の思い通りに騎馬が動く機動性しか取柄がない騎馬なのだ。言い方は悪いが、様子見の間は心操の個性がかかっている間の方が「都合がいい」のである。
それにそもそも灯水は協力させてもらっている身。役に立たない無個性同様の灯水をチームに入れてもらっているだけでもありがたいのに、同じA組だからというだけで尾白にかけられた個性を解いてもらおうと働きかけるのは厚かましい。
『3…2…1…START!!!!』
プレゼントマイクのハイテンションの開始宣言とともに、複数の騎馬が一斉に緑谷チームに向かった。その後ろから一定の距離を開けて迫るのはB組の騎馬がいくつか。
最初の1000万を巡る攻防のごたごたに紛れて漁夫の利狙いということだ。その漁夫の利にもいかずにスタート地点からほぼ動いていないのは、心操チームと焦凍のところだ。焦凍のところは最初から緑谷狙い、中盤あたりで攻勢に出るまでは防御に徹すると考えられる。
それはつまり、焦凍はいずれ緑谷との一騎打ちを狙うということだ。「緑谷への勝利」にこだわる焦凍が、複数の戦いの中で緑谷に挑むとは思えない。
「…心操君、焦凍、たぶん中盤以降に一気に周りを凍り付かせて緑谷君との決戦に挑む」
「双子の勘か?」
「そんなとこ。それまでは適当に動こうか」
「鉢巻はどうする。死守するか?」
「そのつもりじゃないんでしょ?」
「お前もな」
簡単に会話を済ませると、適当にフィールドに進む。普通に歩くだけでも足が痛むが、騎手だったらもっと痛かっただろう、不安定な支えに耐えきれる自信はない。
すると、早々にB組の騎馬がするりと心操の鉢巻を奪った。個性も使わず普通に取られた心操は、「取られちゃった」と呟く。B組の騎馬は異様な空気感に引いたようにして離れていった。
「いや、ナチュラルに取られすぎでしょ」
「死守しないんだろ」
「中学の騎馬戦かと思ったわ。…まあいいや、他の騎馬観察してみよう。狙いやすそうなの見定めなきゃ」
そして同時に、尾白の操りを解かなければならない。なるべく早くに、かつ自然に解けたことにしたいのだ。そうすれば、尾白と協力して一緒に戦い、心操が悪者のようにならないで済む。
『7分経過した現在のランクを見てみよう!』
そこへ、得点の状況を鉢巻のデータからランキングしたものが表示された。大きなホログラムの画面を見ると、意外な結果に驚く。会場もざわついていた。
『あら…!?A組緑谷以外パッとしてねぇ…てか爆豪あれ!?』
ランキングは全12の騎馬のうち、半分が0ポイントを示していた。その0ポイントのほとんどがA組の騎馬で、上位にはB組が集中している。しかも爆豪も点を失っていた。
「なるほど、クラスぐるみか。どうりで全体的に動きが整然としてると思った」
「いつからこれヒーロー科のクラス対抗マッチになったんだ?」
「俺が聞きたいよ、まったく」
どうにも変な試合展開のようだ。B組の計算された動きは事前に打ち合わせていた通りなのだろう。そういう趣旨ではないはずなのにそうなっている状況に、2人でため息をつく。
するとそこへ、別の騎馬がぶつかってきた。灯水と尾白にぶつかり、離れていく。尾白がぴくりとして、目に瞬きがだんだんと起きていく。
(なるほど、衝撃か)
灯水はようやく解除の方法が分かり、すぐに尾白の足を踏んだ。その痛みに完全に覚醒したらしい、ハッとして尾白はあたりを見渡した。視線が合うと、灯水は囁く。
「大丈夫?」
「…俺、操られてたのか?」
「そう。衝撃で解けるって分かって俺が起こしたとこ」
周囲の音によって心操には聞こえていない。騎馬の後ろであることもあって、小声で十分だった。
わざわざ小声にして心操にバレないようにしているのは、心操に個性をかけ直されないためだった。このタイミングで騎馬の自由な機動力がなくなるのは、心操のプランでは障害だし、プランに乗っけてもらっているだけの灯水が説得することもできない。B組の生徒はどうなるというのもあった。尾白に関しては、本当にただ友人だからというだけなのだ。
灯水がこの場面で心操に個性の解除を頼むのは、厳密に考えれば健全なことではないのである。だから、バレないよう小声で話した。
そのまま状況の説明を続けようとしたが、そこへ突然大規模な放電の音が響いた。上鳴だ。続いて氷結が放たれ、焦凍たちの周囲の騎馬が凍り付き、さらに緑谷チームと焦凍のチームが氷の壁の向こうに見えなくなった。
爆豪たちはB組と集中的に戦闘に突入し、あちこちで爆音が響くようになる。流動的に事態が動いていた。
「っ、心操君、最後10秒、どこ狙う!」
「3位んとこなら最後に追い越されることもないだろ」
「おっけー、そろそろ個性が使える…ポジションキープしよう」
灯水は尾白をそっと促し、騎馬を戦闘が続く中央部から少し離れたところにつける。気配を消して、3位のB組鉄哲チームの背後に迫る。
残り1分を切ったところで、爆豪がB組物真チームからすべての鉢巻を奪い2位へ。さらに、焦凍が緑谷から鉢巻を奪い1位へ動いた。怒涛の展開に会場の熱気がすさまじいことになる。その熱気が、それぞれから正常な思考を奪い焦らせていた。
このまま尾白をアシストする余裕はない、この残り時間なら心操が尾白に個性をかけ直すことはないだろうし、行ってしまおう。
「尾白君、目ぇ覚めたんだね!」
「えっ、あ、あぁ」
ちらりと心操は振り返るだけだ。今は心操の個性云々を言っている場合ではない。
『そろそろ時間だカウントいくぜ!10…』
「行こう!」
灯水は心操ごと一気に走り出す。足から飯田のように蒸気を出して加速すると、引きずられるようにして尾白たちも走る。狙うは鉄哲チームだ。
「おい、鉄哲と愉快な仲間たち」
「あ?」
「え、」
心操の呼び掛けに騎馬全員が振り返り声を発した瞬間、鉄哲チームは沈黙した。心操は何事もなかったかのように鉢巻を2本とると、自身につける。1125点、3位に浮上だ。
『3、2、1、TIME UP!!!』
1位轟チーム、2位爆豪チーム、3位心操チーム、4位緑谷チームという形で、ついに騎馬戦は終了。この4チームが第3種目に進むことになった。ぎりぎりを攻めるのは心臓に悪いし、復活したての足を使ってまた痛みが走った。
ちょっとセコい気もしたが、勝ちは勝ちだ。非常に制約のある灯水と心操には、こうでもしないと勝ち目などなかったのである。
「……俺、……」
ーーーただ、張り詰めた顔の尾白を見て、勝ったという喜びが沸いてくることもなかった。