燃えろ体育祭/後編−16
オールマイトは灯水を一度ぎゅっと抱き締めて背中を叩いた。屈強な筋肉と暖かさが印象的だった。先ほど広がった温もりに加えて、さらに心に温度が伝わるようだった。
灯水のところを離れると、反対側の焦凍の前に立つ。ここから見ると、台の下に置かれた階段を僅かに上がっただけで焦凍の首に手を回せる巨体がはっきりと分かった。
「轟少年弟、おめでとう。決勝で左側を収めてしまったのは、訳があるのかな」
「…緑谷戦できっかけをもらって、分からなくなってしまいました。あなたがヤツを気に掛けるのも、少し分かった気がします。俺も、あなたようなヒーローになりたかった」
焦凍の言葉は大きくなく、きっとこの辺りにしか聞こえていない。ただ、意思の通ったそれは不思議としっかり聞こえてくる。
「ただ…俺だけが吹っ切れてそれで終わりじゃ、ダメだと思った。清算しなきゃならないものが、まだある」
「…顔が以前と全然違う。深くは聞くまいよ、今の君ならきっと、清算できる」
オールマイトは焦凍のことも抱き締めると、労うように、そして励ますように背中を叩く。清算するべきもの。それは恐らく、負い目がある母のことだ。そう決めたから焦凍は落ち着いた表情をしているのだろう。また少し、心が冷えた気がした。
オールマイトはいよいよ爆豪の前に立つ。
「さて爆豪少年!…っと、こりゃあんまりだ」
口まで塞がれている爆豪を不憫に思ったらしいオールマイトは、口の拘束具を外した。その途端、爆豪の低いドスの効いた声が漏れてくる。
「伏線回収見事だったな」
「オールマイトォ…こんな1番何の価値もねぇんだよ…世間が認めても俺が認めてなきゃゴミなんだよ!!」
顔がすさまじいことになっている。人を殺しそうというか、何ならこれはもう前科持ちだ。敵も尻尾巻いて逃げる。
「うむ、相対評価に晒され続けるこの世界で、不変の絶対評価を持ち続けられる人間はそう多くない。受け取っとけよ!傷として、忘れぬよう!」
「いらねっつってんだろが!」
爆豪は受け取らないよう首を逸らすが、オールマイトは鼻に、そしてぐっと力を籠めて爆豪の口に咥えさせた。メダルが次の拘束具とは。
「さぁ!今回は彼らだった!しかし皆さん!この場の誰にもここに立つ可能性はあった!!ご覧いただいた通りだ!競い!高め合い!更にその先へと上っていくその姿!次代のヒーローは確実にその芽を伸ばしている!!てな感じで最後に一言!皆さんご唱和ください!せーの!!」
オールマイトは生徒たちを、観衆を振り返り、よく通る張りのある声で締めに入る。
生徒も観客も、皆が一斉に大きな声で天高く届くように叫んだ。
『プルスウ「お疲れさまでした!!!!」えええ!!??』
そんな、まったく締まらない感じであったが、雄英体育祭は幕を閉じた。
***
翌日。一緒に寝ている寝室で、灯水は着替え終わった焦凍を見送る。
「本当に来ねぇのか」
「そう言ってんじゃん。さっさと行っちゃいな」
「…おう」
何度も聞いた言葉に呆れて返すと、焦凍は渋々ショルダーバッグを下げて廊下に向かう。
体育祭の下校途中、焦凍は灯水に「お母さんに会いに行く」と決心を告げてくれた。思った通りだったので驚きはしなかったが、焦凍がついに過去の負い目に清算を付けるのだと思うと感慨深い。
ただ、そこで「俺は行かないけど」と言うと焦凍はひどく驚いていた。当然のように一緒に行くものだと思っていたらしい。いつも会ってるし、これは焦凍が自分の力でやることだと説得して、今回は1人で行ってもらうことになったが、焦凍はかなり緊張した面持ちだ。
冷はいつも、灯水が見舞いに行くたび開口一番に焦凍のことを聞いていた。だから、不安に思っているのは当人だけで、灯水はまったく心配していない。冷は焦凍を受け入れるに決まっているのだから。
そしてこれで、完全に焦凍の迷いも晴れるだろう。冷のことが解決すれば、左の個性を使うこともためらわなくなるだろうし、やがて炎司とも向き合うはずだ。いよいよ完全に、灯水の役目は終わる。
焦凍を見送って少しすると、部屋に冬美が駆け込んできた。焦った顔をしている。
「ねぇ、焦凍どうしちゃったの!?いきなりお母さんに会いに行くだなんて…」
「…焦凍も、前に進み始めたんだ。きっと自分でいろんなことにけじめをつけて、成長していくんだと思うよ」
「…そう、なの…。そう、良かった。本当に…」
冬美は涙ぐむと、軽く目元を拭う。心から安堵した表情だ。
「これでもう、『2人とも心配ない』わね。色々あったけど、心がしっかりしてる灯水のおかげでここまで来れたんだわ」
「…そうだね」
灯水は冬美を安心させるように笑う。心配ないと言うのは灯水がそう見えるよう努力してきたからだ。自分でそうしたことだから冬美は何も悪くないし、涙ぐむほど弟たちのことを考えてくれている姉には頭が上がらない。
だが、体育祭で空いた心の隙間は、今、確実にひび割れとなって広がっていた。
(大丈夫、やるべきことをやるだけだから。このことは、後で何とかすればいい)
灯水は自分にそう言い聞かせて、その寒さを押し込めて見ないふりをした。