迷い:保須事件−2
そして相澤は電子黒板に集計結果を表示した。9名の名前の横に件数の数字と棒グラフが現れる。
最も件数が多いのが焦凍で4123件、その次に多いのが爆豪で3556件、この2人がダントツだ。
そして3番目に多かったのが灯水で1890件、爆豪より1000件以上少ない。だがそれより下となると、概ねベスト8の生徒たちが並ぶのだが、数百件と1000に満たなかった。
相澤いわく例年はもっとバラけるらしく、注目度の偏りが顕著だ。
「灯水君さすがだねぇ!」
「父親ありきだよ」
後ろの葉隠がすごいと褒めてくれるものの、大方エンデヴァーの影響だと思っている。焦凍もそうだろう。とはいっても、爆豪の件数を考えても実力による評価も大いにあると思っていいのかもしれない。
障害物競争4位、騎馬戦3位、総合3位となると半端なところに位置しているような気がしていたが、その下に1000人近い生徒がいるのだ、きちんとそれは認めるべきだろう。
「これを踏まえ…指名の有無に関係なく、いわゆる職場体験ってのに行ってもらう」
雄英の教育の一環である職場体験。実際にプロヒーローの事務所で就労体験をして現場を見て、以降の訓練に生かそうという取り組みのことだ。とは言っても、A組はすでにUSJで否応なしに経験させられたのだが。
免許のない学生なのだ、個性の使用は許可されていないため、あのような戦闘体験はまずない。もちろん場合によって、監督者のプロヒーローから許可されると個性も使えるのだが、1年にそんな機会はないだろう。
そしてこの職場体験に向けてヒーロー名を考える必要があるのだという話だったらしい。A組の生徒らは楽しそうにする。
「まあ仮ではあるが適当なもんは…」
「つけたら地獄を見ちゃうよ!」
そこへ突然張りのある声が響いた。教室の前の扉を開けて入って来たのは、体育祭で1年主審だったミッドナイトだ。
「このときの名が!世に認知されそのままヒーロー名になってる人、多いからね!」
「そういうことだ。その辺のセンスをミッドナイトさんに査定してもらう」
相澤はそういうのが苦手だからミッドナイトを呼んだのだろう。確かに適任だ。
ミッドナイトはクイズ番組で使うようなパネルを回し、それにペンで書くように指示する。なんでわざわざこんな紙に書くのだろうか、と思いつつ、灯水はどうしようか悩む。今まで考えたことなどなかった。
15分後、まだほとんどが書けていない中でミッドナイトはなんと発表を始めると言い出した。まさかヒーロー名を全体に向けて発表することになるとは思っておらず、灯水はちょっと焦った。
周りも緊張する中、最初に教卓に立ったのは青山だった。「いくよ…」と裏返していた紙をぱっと掲げる。
「i can not stop twinkling!」
「短文!?」
もはや文である。最初にいきなりとんでもないのが来たと思えば、続く芦戸は「エイリアンクイーン」、某エイリアン映画を彷彿とさせるものだった。
大喜利の様相を呈した発表会に、一部の敏感な男子たちはこの空気をどうするんだと冷や汗をかいていた。灯水はそもそも浮かんでいなかったので、それもあってどうしようかと考える。
しかし、蛙吹が梅雨入りヒーロー・フロッピーを名乗ると、一気に空気は弛緩した。以降は皆それぞれの特徴や夢などを表すヒーロー名を発表していった。それなりにきちんとしているもので、単純な分かりやすいものもあれば工夫に満ちたものもあった。
もう名前でいいか、どうせ仮だし、と灯水が思い始めたところで、焦凍が発表する。
「ショート」
「名前!?いいの!?」
「ああ」
ミッドナイトはもはやただの名前のカタカナ読みだった焦凍のヒーロー名に驚くが、そういうのに頓着がなさそうな焦凍らしいとも思った。そしてそれなら、と灯水はさっと書いて立ち上がる。
「ヒスイです」
「あら、兄の方も名前ね。いいの?」
「はい、ちょうど俺も名前にしよって思ったら焦凍もそうだったんで、まぁお揃い的な?」
「それだと双子っぽくていいわね、よしじゃあ次!」
無事にOKももらえた。それに、と思う。
先ほど相澤も言っていたが、名は体を表す。ヒーロー名を決めることでなりたい自分が定まって目標意識が強くなるという意味もあるのが今回の授業らしい。
自分のことが分からなくなりつつある灯水には、そんな目標など立てられそうになかったのだ。