迷い:保須事件−3


その日の昼、灯水は焦凍とともに食堂にやって来た。お互いいつものそばを頼むと、適当に空いている席に向かい合って座る。相変わらず混みあった食堂内でも、どことなく目線をもらった。メディアで今も特集されているため、上級生も灯水たちの戦いを知っているのだろう。


「焦凍、あんなに指名来てたら選ぶの大変じゃない?」

「…いや、俺はもう決めた」

「えっ、そうなの?」


灯水の3倍近い数の指名をもらっていては、選ぶのすら大変そうだ。そう思っていたら、すでに決めたという。


「どこにすんの?」

「…親父んとこだ」

「……えっ、マジ?どうしたのお前…」


なんと焦凍が行くのは炎司のところだという。まさかの場所に灯水はひどく驚いてしまった。絶対に嫌がりそうなのに。


「そりゃ、嫌じゃねぇわけじゃねぇ。でも、あいつは曲がりなりにもNo2ヒーローだ。ヤツがなぜそうなのかを、ちゃんと知ってものにしようと思った」

「…なるほどね」


確かに、エンデヴァー事務所はオールマイトが教師をやっている以上、指名の中では最もレベルの高いところということになる。好き嫌いは別にしても、世間でそれだけの評価を受けている理由を探るのは大事なことだ。


「…お母さんと話して、なんか、そういう気になれた。今までなら絶対親父んとこなんて行かなかったけど、得られるモンは得ようって」

「…そっか。ほんと、吹っ切れたんだね」

「あぁ。お母さんは、俺が何にも捉われずに自分の道を進むことを望んでくれてた。だから、もう親父のこととかに固執すんのはやめた。そしたら、世界が開けたような気がした」


焦凍は箸をおいて右手を握る。その目は優しく、温かさがあった。前回ここで食事したときに炎司への憎悪を抱いていたのが嘘のようだ。
目つきの鋭さも、眉間の皺もなくなって、憑き物の取れたようなすっきりとした面持ちだった。素直に、焦凍がそういう顔になれるようになったことは嬉しい。憎悪で動いていた焦凍が前向きになれたのは、家族として本当に安心したし、嬉しかった。
ずきりと痛む心は無視して、冷める前にそばを啜る。


「…緑谷のおかげだ。あいつが、抱えてたモンぶっ壊れてくれた。こんな簡単なことに気づけなかったのを、あいつの言葉が気付かせてくれたんだ」

「ちょっと聞こえてたよ。あんな怪我してまでぶつかってくれた緑谷君には感謝してもしきれないね」

「あぁ、そう思う」


素直に緑谷への感謝を口にする焦凍。前回の食堂での昼食のときには倒す気まんまんだった。こういうプラスの感情を、もっともっと発露させていってほしいと思う。


「俺も早く選ばなきゃなぁ」

「それなんだが、灯水も俺と親父んとこ来てくれないか」

「…俺も?」

「あぁ。学んでやろうとは言ったけどよ、普通にあいつとずっと1対1で接するの嫌だ」



すると焦凍はそんなことを言い出した。言動のマイペースさからしか末っ子らしさを出さない焦凍だが、たまにこうしてわがままを言ってくる。そういえば母に会いに行くというときもずっと駄々をこねていた。着いてきてくれと散々頼まれて結局断ったが、灯水も今回くらいは聞いてやってもいいかなと思う。
焦凍の考え方を聞いて、灯水も知りたいと思ったのだ。灯水は別に嫌いではない父が、なぜあれほどひん曲がった性格をしているのにNo2ヒーローを張っているのか。


「…それで俺に父さんから指名来てなかったらどうするつもりだったの」

「親父に直談判するつもりだった」

「うわ、本気じゃん…」


わざわざ自分から頼み事をするなど焦凍には考えられない。そうしてまで来てほしいらしい。ちょうど灯水にもエンデヴァー事務所の指名は来ていたから、灯水は頷く。


「仕方ないな、そういうとこお前末っ子出してくるよね」

「事実末っ子だからな、お兄ちゃん」

「可愛げの欠片もなくて心配だわ」


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