迷い:保須事件−14


家族が来たため、医師と一緒に様々相談するという飯田が病室を離れ、焦凍は冬美に電話をするついでに散歩してくると言ってどこかに消えた。

そうして、病室には灯水と緑谷だけとなった。灯水はこれ幸いとばかりに、昨日心に残ったことを整理して考えていく。


まず灯水は、職場体験が始まってからというもの、ヒーローというものが分からなくなっていた。名前決めのときからでもあったが、体育祭で自分の存在意義を見失ってしまった灯水はその未来であるヒーローというものも見失ってしまった。
灯水にとってヒーローになることは、焦凍を守るためであり、焦凍が鎖から放たれた今、そのようなヒーロー像がもう描けない。

そんなとき、ヒーロー殺しと出会った。原理主義に走った犯罪者の言葉はそう深く気に留めるつもりもないのだが、彼の語ることは「奉仕精神のないヒーローの淘汰」ということだった。
ヒーローは金銭報酬のある職業だ。だが、金のためにヒーローになる者がいるのも確かだ。中には私怨に駆られた炎司のような者もいるし、きっと焦凍も体育祭で緑谷との一件がなければ同じことだっただろう。

結果的に金が入ることと、金のためにやるのではまったく違うのだとヒーロー殺しは言っていたのだと思う。

公僕であるヒーローは、人を救けることが至上命題だ。誰かを命に代えても救ける。そんな目標が灯水の中にあるかと言えばNOだ。そんなこと今まで考えたこともなかった。
焦凍はオールマイトに憧れていたから、炎司の件で吹っ切れたあともこうしてヒーローを目指している。灯水もオールマイトに憧れたが、それはオールマイトのように強ければ家族が焦凍だけに心配のベクトルを向けてくれると思ったからだ。単純なものではなかった。

結局のところ、灯水は生きることも、そしてヒーローになるということも、焦凍本位であった。だから、焦凍が自力で精神的に立てるようになり、炎司のことを冷静に見ることができるようになり、冷と和解した今、すべてをなくしてしまったのだ。

焦凍自身、昨日「なりてぇモンちゃんと見ろ」と飯田に怒鳴った。なりたいヒーロー像を見直せということだったのだろう。飯田はそれで再起したが、灯水にはそう言われても分からない。今の自分が分からないのだから、なりたいものも分からないのだ。


「あ、灯水君…」


すると、思考の海に沈む灯水に緑谷の遠慮がちな声がかけられた。顔を上げて向かいのベッドを見る。


「えと…何気に初めてだよね、こうやってまともに話すの」

「そう…だっけ、うん、そうかも」

「…昨日はありがとう、駆けつけてくれて。本当に助かったよ…灯水君がいなかったら…あっ、ごめん勝手に灯水君とか呼んじゃって!皆がそう呼んでるから僕も心の中でそう呼んでんだけど嫌だったら全然やめるっていうか!」

「うん、落ち着いて。別に好きに呼んでくれていいから」


爆豪がクソナードと呼ぶゆえんだろう。慌てたように遠慮がちなトーンで喋るわりにまったくこちらに遠慮のない速さでまくしたてられる。焦凍もそうだがコミュニケーション能力が足りないのはヒーローには痛いことだ。
「ご、ごめん!」と緑谷が謝ると、会話が終わる。また沈黙が落ちたが、灯水はふと聞いてみたいと思ったことを口にした。


「緑谷君にとって、ヒーローってどんなもの?」

「へ?…うーん、そうだな、言葉にすると人を救けるものってなっちゃうけど…」


緑谷は悩みつつ頬をぽりぽりとかく。だが、存外はっきりとした強い声で言った。


「救けたいって思ったら、考えるより先に救けちゃう…それがヒーローなんだって、尊敬する人が言ってた」

「オールマイトが…」

「え、あっ、うんまぁそうなんだけど…」


もろバレだ。だが、緑谷が言うヒーローの定義が自分に当てはまるのか微妙なところだった。昨日、確かに灯水は飯田たちを守りたいと思ったら、考えるより先にナイフの前に立っていた。
だがあれが、見ず知らずの一般人にもできるのだろうかと思ってしまったのだ。

一瞬、そういうことをする自分が轟灯水という人間の新たなアイデンティティになるのではないかとも思ったが、そういう自分のためにヒーローをやることをヒーロー殺しは偽物と吐き捨てた。

社会のために、救けたい思って自然とそうしてしまうようなヒーローになれるのか。もしくは、ヒーローであることを存在意義とすることは正しいのか。
新たな迷いが生じてしまって、灯水は曖昧に笑って緑谷に礼を言うことしかできなかった。


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