迷い:保須事件−13


面構たちがいなくなったあと、少し休んでから診察の時間になった。すでに怪我の様相が分かって治療の後半に差し掛かっている灯水と焦凍、緑谷はいいとして、飯田がもう一度診察をすることになっていた。
緑谷はその間に麗日と電話に行った。

入れ替わりに医者が入って来て、個性で飯田の怪我の具合を診察する。それを焦凍と灯水は緊張して見守った。飯田の怪我はひどかったし、緑谷が来る前から交戦していたという。


「ふむ…左腕の怪我がひどいね。特に、腕神経叢のダメージが大きい。手首が動かしづらくなったり、しびれが出たりする後遺症になる」

「後遺症…」


飯田が繰り返して呟く。男性の医師が頷くと、焦凍と灯水は思わず俯いた。ヒーローになるにあたって、それは些細なことでも悪影響であるのは確かだ。


「手術して神経移植すれば治る可能性も大いにあるよ。後遺症といっても軽い、そう深刻に捉える必要はないよ」

「…それなら、当面手術はやめておきます」

「そうかい。一応、保護者の同意ももらうからね」

「はい」


確認だけすると、医師は病室を出て行った。沈黙が降りる。そこへ、再び扉が開いて緑谷が戻って来た。


「あ、飯田君、今麗日さんがね」

「緑谷」


戻って来た緑谷にも伝えるべきだと思ったのだろう、焦凍が遮る。飯田も同じことを思っていたようで、そのあとを引き継いで、診察内容を説明した。
後遺症のところで緑谷は息を飲んだが、それは軽いこと、手術で治ることでなんとか顔色を取り戻した。


「ヒーロー殺しを見つけたとき、何も考えられなくなった。まずマニュアルさんに伝えるべきだった。ヤツは憎いが…ヤツの言葉は事実だった。だから、俺が本当のヒーローになれるまで、この左手は残そうと思う」


手術をしない理由は早く学校に復帰するためだろうか、と思ったが、それは飯田の決意だったらしい。戒めとして、今度こそ正しいヒーローになれるように。

緑谷はその決意を聞くと、松葉づえをつく右手をぐ、と握る。


「僕も…同じだ。一緒に、強くなろうね」


あの右手は、体育祭で焦凍との戦闘によって粉砕骨折したらしい。リカバリーガールのおかげで普通に使えるらしいが、歪んで歪な形になっている。消えない跡も残っていて、それを緑谷も戒めとしているようだった。

それを見た焦凍が、ハッと何かに気づいたような顔をした。


「なんか…わりぃ…」

「何が…?」


脈絡なく謝る焦凍に、緑谷が疑問符を浮かべる。全員の視線が向くなか、焦凍は自身の右手を見つめた。


「俺が関わると…手がダメになるみてぇな…感じに…なってる…呪いか?」


数秒間、飯田たちは理解するのに時間がかかったようだが、この手の焦凍の天然になれている灯水は一足先に噴き出した。
つられて、飯田と緑谷も笑いだす。


「あっはははは!何を言っているんだ!!」

「轟君も冗談言ったりするんだね」

「いや、冗談じゃねぇ、ハンドクラッシャー的存在に…」

「「ハンドクラッシャー!!!」」


さらに噴き出した2人はベッドの上で笑い転げた。珍しく飯田も声を上げて笑っているし、緑谷に至っては笑う間にバランスを崩して灯水のベッドに座り込む。緑谷の笑いに合わせてベッドが揺れた。

笑い終わるのも一足早かった灯水は、息を整えながら笑う2人に?となっている焦凍を見やる。
焦凍がこういう天然なことを言うのは、それだけリラックスしているからだ。今までは自宅でしかこんなことはなかったが、もう学校の友人たちの前でもリラックスできるらしい。
焦凍はお世辞にもコミュニケーション能力があるわけではないが、それでもこういう天然なところや誠実なところは皆に気に入られるだろう。もとより焦凍は、炎司への憎悪に隠れていただけでとても魅力的な男なのである。

昨日の混乱で思考できなかった灯水も、今日になってだんだんと落ち着いて色々なことが頭をもたげる。ただ大変だけだっただけではない。様々なことを考えさせられる日だったのだ。


81/214
prev next
back
表紙に戻る