迷い:期末試験−11
こうして1番に試験を終えた灯水たちに続き、他の組も無事にそれぞれ試験を終了した。条件達成ができなかったのは、芦戸・上鳴、砂藤・切島の2組だ。あまりにも落ち込んでいるから、誰も声をかけられなかった。
特にいつもクラスを盛り上げるのが切島、芦戸、上鳴である上に、同じく盛り上げ役の瀬呂が早々にミッドナイトの眠り香によって意識を失い峰田が1人でクリアしたことから同様に落ち込んでいた。
そうなるとA組に無理やりテンションを上げようとできる者などおらず、お通夜状態で放課後となった。教室の空気がどんよりとしていて、帰るのすら憚られそうだ。
灯水も、もしも皆で合宿に行けないとした嫌だなと漠然と思った。やはり皆で一緒に行きたいと思う。
だが一方で、壁を超えることができた者もいるのは事実だ。八百万は自信を取り戻して前を向けるようになったし、爆豪は緑谷との試験である程度自分なりに妥協点を見つけたらしい。まだまだ爆豪は安定には程遠くても、一歩前進はできているようだった。
焦凍も今回のことで、より周りに目を向けて話をしたり意見を聞いたりして協力することの大切さを学んだようで、緑谷や飯田と積極的に今回の試験のことを話そうとしていた。
あぁ、またか、と灯水は内心で思う。八百万も爆豪も、それぞれ前進している。焦凍も緑谷たちも、どんどん進んでいる。ヒーローになるために、前へ前へ。
それに対して灯水はどうか。結局今回の試験だって、今までとそう変わらないやり方だった。後半は八百万の指示に従っていたし、あのベルトに挟んでいたマトリョーシカは閃光弾だったらしい。いざというときの相澤の目つぶしのために忍ばせて置いたらしかった。
つまりそれは、灯水の時間稼ぎなどなくても大丈夫だったということだ。焦凍も自分で気づいて自分の言葉で八百万にぶつかった。まっすぐに語ったから、八百万は吹っ切れることができていた。灯水のおかげではない。
今回の試験は灯水がいなくても2人なら乗り越えられていただろう。もともと焦凍にとってもう自分は必要のない存在になっていたが、クラスの優秀な皆がいればより焦凍の力も生かされる。もっと強くなれる。
それが改めて灯水の眼前に突き付けられたかのようだった。
「…灯水君?どうかした?」
すると、緑谷が声をかけてきた。つい教室内で焦凍を待ちながら思考に耽ってしまっていた。意識をはっきりさせて視線を合わせ笑顔を作る。
「や、なんでもない!さすがに疲れちゃったなって」
「そう?なんかつらそう顔してたから…大丈夫ならいいけど、なんかあったら言ってね」
緑谷は、考えるよりも先に救けてしまうのがヒーローなんじゃないかと言っていた。緑谷は典型的なそのタイプで、天性のヒーローなのだろう、だから焦凍のことも救えたのだ。
そして、今も心配して灯水に声をかけてくれた。それに気づいて、突然何かがこみ上げてくるような気がして、思わず緑谷のブレザーの裾を掴んでいた。
「へ、灯水君?」
「……あ、ごめん。ゴミついてた」
「えっ、ほんと?ありがとう」
(…今、なんて言おうとしたんだろう。でも、言っちゃいけないことだった気がする)
自分でもよく分からないが危なかった、と思っていると、今度は焦凍が灯水の肩を抱いてきた。いきなり何だと見上げると、どこかむすっとした顔をしている。
「え、なに、焦凍」
「…帰るぞ」
いつになく強引に言うと、緑谷たちに簡単に挨拶して焦凍は歩き出す。それに慌ててついていく、というか腕を捕まれて連れていかれた。緑谷たちはぽかんとしながら手を振ってくれている。
そのまま階段を下り、乗降口を出て学校の前の坂まで来てようやく焦凍は手を離して隣に並んだ。
「ね、どうしたの焦凍」
「……お前、緑谷のこと好きなのか」
「はあ!?何言ってんの!?」
「じゃあ八百万か?」
「いや、ほんと意味わかんない、いつになく謎なんだけど」
突拍子もないことを言うのはよくあることだが、ここまで変なことを言われるのは初めてだった。思わすまじまじと焦凍の顔を見つめると、焦凍はむすっとしながら言った。
「やっぱ、悩みあるんだろ。俺に言わねぇのはもういい、けど、もしかしたらそれが恋の悩みなんじゃねぇかって。今日八百万に聞いたけど、物置に2人で籠ったんだろ。さっきも緑谷に抱き付こうとしてんのかと思ったし」
斜め上の解釈に、焦凍は逆に器用だな、とすら思う。だがふと、たとえそうだとして焦凍が気にすることだろうかと思った。
「…別にそうじゃないけどさ、もし俺が緑谷君でも八百万さんでも好きだったとして。さらに付き合うことになったりしてもさ。焦凍に関係なくない?」
「っ、関係は、ねぇけど…」
「けど?」
「なんか……嫌だ。誰が相手でも、灯水独り占めすんのはむかつく」
子どもっぽい言葉とともに拗ねたような表情になる焦凍。中学までは灯水の交友関係が浅いものだと知っていたからこんなことは考えなかったのだろうが、今は灯水にとってもA組の存在が大きいことに気づいて、それがこうした考えに行きつかせたのだろう。
自分は灯水から離れていくのに灯水のことは縛るのか、と思わないでもないが、存在意義がふわふわとしている灯水のことを繋ぎとめているようなものでもあるため、灯水は不快には思わなかった。
「ヒーロー科でそんな余裕ないっての」
そう言って笑ってやれば、焦凍も納得したようだ。
それにしても、焦凍がこんなことを思うくらいには灯水はA組のことを好きでいるように見えているらしい。自覚はなかったが、実際灯水はA組のことが好きだ。悩んでいるように見えたら心から心配してくれた切島や上鳴にしても、尾白や葉隠、飯田、緑谷たちも、皆好きだ。
だから、路地裏の戦いで飯田が殺されそうになったとき、灯水は考えるよりも先に動いていたのだろう。八百万に立ち直ってほしかったのだろう。切島たちと合宿に行けないかもしれないことが嫌なのだろう。
そう考えると、A組の人たちと一緒にヒーローを目指すというのは、それだけでモチベーションに感じられる。自分のことも将来のことも分からなくても、とりあえず、A組の皆と一緒に切磋琢磨したい。
そう思えば、頑張れる気がして、久方ぶりに心が軽くなる気がした。