迷い:期末試験−10
「どういう算段だ?」
「八百万さんが考えてくれたんだけどね。熱によって形が戻る形状記憶合金の捕縛紐をつくって、それをカタパルトで先生に向かって放ち、焦凍の炎の熱で紐の形状を戻して先生を拘束するって作戦。時間さえあれば勝てるよね」
「それで時間稼ぎの氷結か…悪かった、八百万。もっと話し合うべきだった」
紐の生成が終わって今度はカタパルトの作成に入った八百万に、焦凍は謝る。焦凍も相澤に何か言われたんだろう。
「いえ…私が頼りないだけで、」
「ちげぇ。俺は、委員長決めるときにお前に票入れたんだ。そういうことに長けたやつだと思って。だから、お前の意見聞いとくべきだった」
「っ!」
八百万は息を飲む。最初から八百万のことを高く評価していた焦凍の言葉に、きっと励まされたのだろう。八百万はすぐに布を創造すると振り返る。
その目には、もう迷いはない。しっかりとした決意と闘志があった。
「この布を被り、お二人は普通に歩いて、私は灯水さんの下でかがんで移動します。先生はお二人を拘束するはずですので、その隙にカタパルトを布から出して起動、捕縛紐によって先生を拘束します。合図を出したら布によって個性を消されていない轟さんが炎を地面に這わせてください」
「了解」
「分かった」
頷くと、八百万は胸に手を当てて深呼吸をする。まだ緊張はしているようだが、覚悟は決まったらしい。
「勝負は一瞬。よろしいですか?」
「ああ。文句なしだ」
焦凍と灯水は布を被り、全身を覆う。八百万はカタパルトに捕縛紐を装填して灯水の足元にしゃがむ。この状態で進んでいくのだ。前は見えないが、道は分かる。
「…行こう、焦凍」
「おう」
そして2人は早歩きで進みだした。八百万も灯水の足元で頑張って移動している。凍った地面を歩くと、すぐに相澤の移動する音が聞こえた。
「布かよ…デメリットのがでかいだろそれ」
相澤の捕縛紐がこすれるシュルという音が響くと、首元に巻きつかれる感覚とともに思い切り引っ張られた。隣の焦凍の頭とひとまとめにくくられ頭突きをする形になったのだ。
「って!」
「いだぁ!」
思わず2人揃って呻くが、八百万はバッと布をめくるとカタパルトに手をかける。一緒に灯水の布がほとんど取れ、視界が開ける。
しかし、その手は外れた。まずい、と思ったが、相澤は追撃せず後方へ飛びのく。その隙にもう一度八百万はカタパルトに手をかけて、今度こそ紐を撃ち出した。
てこの原理の要領で空中に投げ出された紐の塊は、相澤の周りにばらけて広がる。
「轟さん!地を這う炎熱を!」
そこで八百万は指示を出す。焦凍は左手で布ごと焼いて炎を繰り出すと、相澤の下の道に炎を這うように広げた。
「先生相手に、個性での攻撃を決め手にするのは極めて不安…ですから」
空中に散らばる紐は、ギチギチと音を立て始める。徐々に炎からの熱が届いて形状を取り戻そうとしているのだ。
「ニチノール合金、ご存知ですか?加熱によって瞬時に元の形状を復元する…形状記憶合金ですわ!!」
その瞬間、紐はすべて収縮し相澤の胴体に巻きつく。拘束された相澤は、合金入りの紐によって為すすべもない。
焦凍が炎を消し、地面に下ろしたところで手錠を嵌める。これで拘束完了だ。
灯水たちを拘束する紐を外して布から出ると、3人は相澤の前に集合した。
「こんなすんなりいくか…」
「いえ…カタパルトで私がミスをしたとき、先生ならその隙に防げたはずです。…先生は、故意に策に乗ったように見受けられました」
「隣の轟弟を警戒しただけだ、まだ布を被っていたからな。凍らされると考えた。俺が最善手だと思い退いて、それがお前の策略通りだったわけだ」
「ああ。本当時間さえありゃ、だ…ありがとな」
「ありがとう八百万さん、おかげで勝てたよ」
今回は本当に八百万のおかげだ。そりゃあ、焦凍との2人だったらすぐ勝てたかもしれないが、それはたらればの話だ。今回の勝利は八百万のおかげである。
灯水たちの言葉を聞いて、八百万は手で口元を押さえるとすぐに顔を逸らす。灯水も察して別の方向を見ると、隣の弟は思い切り八百万に声をかける。
「どうした?気持ち悪いか?吐き気には足の甲にあるツボが…」
「な、なんでもありませんわ!」
焦凍の天然炸裂につい呆れてしまう。ただ八百万の方も、本当に察していない焦凍にだんだん苦笑する。その様子は本当に悩みを克服できたのだと分かって安心した。優しくて優秀な人だ、きちんと力を発揮できるような心持ちになれて良かった。