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少しすると、前方に道路を横断する歩道橋と塔が見えてきた。アフシュライトダイク・モニュメントという展望台だ。言わずとも寄ってくれるらしいオランダは、ウィンカーを出して右に向かい、展望台への導入道路へ入った。
道路わきの狭い駐車場には数台車が停まっており、塔は25メートルほどの高さで聳えていた。

先にシートベルトを外したオランダは運転席を出て立ち上がると、サングラスを少し乱暴に外す。そしてこちらを見ると、ふ、とほほ笑んだ。


「いや…かっこよすぎだろ…」


思わず呟くとオランダはおかしそうにくつくつと笑い、運転席からこちらに回って助手席の扉を開けた。


「お手をどうぞ?」

「なんかむかつく」


様になりすぎている。絶対こんなサービスしたら金をとるくせに、と内心で思いつつ促されるまま席を出て地面に立つと、オランダがアルレシアのサングラスを外す。自分のときとは違い、そっと優しく外された。


「隠してへん方がええな」

「…早く行くぞ」


むずがゆく感じて、アルレシアはそそくさと展望台の方へ向かう。すぐ後ろをオランダがついてくるのが気配で分かった。


「オランダさんとアルレシアさんや」

「相変わらず仲ええなぁ」

「はよ結婚しねま…」


そんな2人を見た人々があまりこそこそともせずに話している。挨拶されればオランダは手を挙げて応える。


「結婚せぇへんのですかー!」

「もうしとるようなモンやざ」

「何言ってんだ」


ぼす、と後ろのオランダの腹筋を殴ると、オランダはまったく気にしたそぶりもなく、アルレシアの肩を抱いて隣を歩き出す。どうにも、今日のオランダは機嫌がいいというか、いつもより言動が分かりやすい。
アルレシアがオランダとともにいるようになって500年近く、恋仲になって400年は経つ。その行動心理くらいアルレシアには筒抜けだ。

つまるところ、オランダはアルレシアを見せびらかしたいのだろう。オープンカーで隣に乗せてドライブし、こうして人々の目に着くところで肩を抱いて歩く。こいつは俺のだぞと、いいだろうと周りに見せたくて、それができてご満悦なのだ。
分かってしまえば、オランダに惚れているアルレシアとしても抵抗したくなくなる。こんな可愛らしいことをされて、嬉しくないわけがないのだから。



***



展望台を後にすると、再び道路に戻った。
展望台からは海の中にこの道路だけがまっすぐ伸びて、周囲には海以外何も見えない光景が広がり楽しかった。展望台の下にはレストランがあり、そこで昼食をとったが、例によって料理がおいしくないオランダのさらに海のど真ん中ということで、2人そろって微妙な顔をしてしまった。

しばらく道路を思い切り走ると、10分ほどしてちょっとした島のようなところが見えてきた。島と言っても、道路から海上に向かって細い堤防が突き出しているだけだが。
やはりここでもオランダは心得たように止まることにしたようで、道路を出て減速し、僅かな一般道に出る。音楽を止めると、普通の速さになったために声が聞き取れるようになる。


「ここはブレーザンドダイクっちゅう人工島やざ。本土と二つの人工島を起点にこのアフシュライトダイクを造ったさけ、ここはその名残や」


どうやら細くアイセル湖側と北海側に左右対称に突き出た堤防は、クレーンを設置していたところらしい。今は軽いキャンプ場になっていて、その堤防にもいくつかキャンピングカーが停まっている。
ガソリンスタンドの近くを通って、車は多きくカーブを描く道を進む。そして、少し坂道を上って道路をまたぐ橋を渡ると、北海側に出た。広大な北海に突き出す堤防の細い道を進むと、ついに車がその先端にたどり着いた。


「おお…すげぇ」


海に突き出た堤防は、前も左右も海が広がる。吹き付ける潮風は、嗅ぎ慣れた北海のものだ。


「さすがに俺ん家は見えねぇか」

「フリースラント諸島も見えへんのさけ、当たり前やざ」

「そりゃそうだ」


北海とアフシュライトダイクの間にあるフリースラント諸島。その内側をワッデン海ともいう。フリースラント諸島が見えないのだから、当然さらにその先にあるアルレシア島が見えるわけもない。
エンジンが止まり、あたりは高速道路からの走行音と潮騒だけになる。


「…やっぱ、俺ら海の音が一番落ち着くよな。そんで、この潮風としょっぱい匂い」

「ほやの」


ともに海を駆けた海上国家だ。常に海とともに繁栄があった。
よく見えるようにしようともう一度サングラスを外すと、オランダもサングラスを取る。同じ動作をしたものだから目を合わせると、オランダはやはり微笑んだ。


「…隠してへん方がええ」

「さっきも言ってたな」


オランダは頷くと、アルレシアの目元をそっと撫でた。少しざらついたオランダの指の感触は、すっかり慣れてしまったものだ。心地よい海風が、ワックスで上げられたオランダの前髪を揺らす。


「海の色しとる。世界で一番、好きな色やざ」


その言葉に、アルレシアはドキリとする。繁栄ともたらした海の色だから好きなのか、それともアルレシアの目だから好きなのか。おそらく、両方だ。最も重要な存在である海と、最も愛する存在であるアルレシアは、オランダにとって不可分と言ってもいいくらい大切な存在なのだろう。
それくらい愛されている自覚が、アルレシアにもあった。

たまらなくなって、アルレシアはオランダにさっとキスした。波のさざめきが、磯の香が、柔らかい潮風が、2人の間を満たす。
そのまま抱き付いてオランダの首筋に顔を埋めると、ほっと息を吐く。

世界で一番安心するオランダの腕の中で、世界で一番落ち着く海の存在を感じられるこの時間の尊さに、息が詰まりそうなほどの幸福を感じた。


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