旧拍手お礼文
−富の尺度(西、ロマ)



●現代
スペイン・ロマーノ×主




「逃げたい」と思って仕事を逃れ休みを取れるのは、欧州の良いところだと思っている。
アルレシアは立て込む仕事の山をなんとかこなしたところで、上司から次の仕事を押し付けられるのを察知して、もう無理だとばかりに強引に休みを取ってしまった。
国内にいないから連絡が取れない、なんて言ってしまったので、有言実行としてアルレシアは海外に出なければならない。しかしオランダはベルギーやルクセンブルクと一緒にまとまった仕事があるということで不在、わりと真面目な北欧やドイツ、イギリスの家に押し掛けるのも躊躇われるし、フランスの家に行ったら何をされるか分からない。

そこでアルレシアが押し掛けたのはスペインの家だった。どうせのほほんと笑って「ええよ〜」と言うに違いないと思って、見慣れたスペインの屋敷に着くと、事情を聞いたスペインは「ええよ〜」と笑った。
思わずスペインに抱き付いたアルレシアである。

そうして、しばらくスペインの屋敷に亡命もといバカンスをすることにしたアルレシアだったのだが、ちょうどスペインは大掃除をしたばかりらしい。


「いやぁ、俺の屋敷にあった骨とう品ぜーんぶ美術館に寄贈してもうてん、そしたらな、自分が使う分以外の食器取っておくの忘れてもうた!」

「何やってんだ」

「こいつアホすぎだろちくしょー」


あっけらかんと笑うスペインに呆れると、いつものようにスペインの家に入り浸っていたロマーノも呆れたため息をつく。人のこと言えるのか、とは内心に留めて置いた。

さて、しばらくアルレシアが滞在するとなると食器が足りない。しかもロマーノもいつもここにいるようなので、ロマーノの分も必要だ。


「せやし、一緒に買いに行こかアルレ!」

「…まぁ、どうせやることもないし構わない」

「やった!」


そこで、スペインとともに食器を買いに行くことにした。大昔は、使用人が買ってきたり、業者側がやってきて見本を見せ、選んで持ってこさせたりということをしていた。しかし貴族制も王政も終わった今、国であるアルレシアたちがそんなことをするわけにはいかない。自分の足と金を使わねばならないのだ。


「…仕方ねぇから俺もついてってやるぞこのやろー」

「ええっ、珍しいやんロマ…ってアルレがおるからやな」

「当たり前だろ」


すると、ロマーノも珍しく自ら動くことを宣言して立ち上がった。ひょこっとアホ毛が揺れる。どうやらアルレシアが行くからついてくるらしい。
そういう可愛いところは昔から変わらないな、と思って頭を撫でてやると、「そういうことしてると食っちまうぞ」と言われた。
そそくさとアルレシアは離れて、ようやく3人は食器を買いに屋敷を出発することになった。


やって来たのは何の変哲もない街のデパートだ。以前は、グラスを買いにヴェネツィアやプラハに赴いたし、陶器を買いにマイセンやロンドン、コペンハーゲンに行ったものだ。
スペインが帝国だった頃には、エメラルドの水差しなんてものまであった。重くて使われなかったが。かつてのありあまる富を持て余していたような時代では、もはやない。


「ロマこれでええ?」

「それ子供用だろがちくしょーこのやろー!」

「普通についてきて良かったなロマーノ」


食器売り場に来ると、さっそくスペインが天然を発揮して見せた。子供用のかわいらしい食器を見て、ロマーノがぷりぷりと怒る。


「銀食器一式はあるんだろ?」

「一応来客用にとってあるで。普段使いのはまぁなんでもええやろ…これとか」

「……うん、お前そういう派手なの好きだよな」


買うべきものは普段用だけで良いようだが、スペインが手に取った極彩色の食器に、アルレシアはそう言って目を逸らした。
その視線の先に、シンプルだが綺麗なものを見つけた。オレンジで縁取られた皿は、中央にマドリードのビル街の遠景が淡く描かれている。オランダのデルフト焼きを彷彿とさせる青だった。


「これとかいいじゃん。せっかく買い替えるならさ、新しい感じのにしたら」

「ええなぁ、ずっと17世紀の使っとったけど…うん、こういうんも、時代感じられてええかも」

「じゃあ俺はこれな」


ロマーノが差し出して来たのは、センスのいいカーネーション柄のコップ。そういうチョイスに、ロマーノもまたイタリアなのだと感じる。


「なんやええなぁ、こうやって自分らで選んで買うんも、今の時代に流行っとる様式のモン買うんも」


スペインはそう言って、いつもとはちょっと違う、嬉しそうな優しい笑顔を浮かべた。食器を籠に入れるスペインを見て、ロマーノはフンと鼻を鳴らしながらも、持って来たコップを大事そうにその籠に入れる。

確かに時代は変わり、かつての溢れるような富はなくなった。
しかし、こうしてそれぞれ食器を選んで、悠久を生きる国として時代の流れを感じながら日用品を買うような、そんな些細な瞬間こそが、はっきりと豊かだと感じられるのだ。


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