朝に祈る
−2



翌日は大晦日だったが、世界遺産の旧市街は書き入れ時とばかりにどこもオープンしていた。アルレシアとオランダも、午前中はメコン川沿いを歩いてみようという話になり、茶色く濁った大河の方へ歩いてやって来た。
本当は自転車をレンタルしても良かったのだが、意外にもオランダはアルレシアの提案を断って徒歩を選んだ。
「危ねぇさけぇのぉ」という理由は、道の舗装が剥がれていることも多い様子を見て心配してくれていることを意味していた。そういう細やかな配慮は、常にアルレシアのことを考えてくれているから出て来るものだ。くすぐったく思いつつ、思ったよりも涼しい街の中をゆっくり歩いた。

メコン川の上流域にあたるルアンパバーンでは、この大河も対岸が比較的近くに見える。川に沿って、道沿いにはコロニアル建築の建物が並んでいた。
その中のカフェに入り、2階席で向かい合って座る。窓側に座ったアルレシアの背中から涼しい風が吹いてくる。
アイスコーヒーを飲みながら、メコン川の風に当たる爽やかな朝。コーヒーが有名なラオスのアイスコーヒーは非常に美味しい。フランス領だったため、パンも美味しかった。


「寒暖差結構あるんだな」

「ほやな。内陸国やしな」

「俺らには慣れない気候かもな」


くすくすと笑うと、オランダもふっと微笑む。表情が崩れるときは大概怒りや苛立ちであることが多いオランダも、この500年、アルレシアといるときはよく笑顔を見せてくれるのだ。
島国であるアルレシアと、海岸の低地国であるオランダには、この内陸国らしい朝晩の寒暖差は慣れない。


「まぁでも、そろそろ暑くなってくるな。ホテル戻るか?」

「ん。寺は午後やな」

「寺見て回ってからナイトマーケットでも行くか?」

「ディナー予約しとるさけ、ナイトマーケットは明日やざ」

「え、わかった」


どうやらニューイヤーを迎えるディナーはオランダが予約してくれていたらしい。高級なフランス料理店だろう。
お互い一緒に過ごしてきた時間は果てしなく長く、二人の関係性にもはや初々しさも新鮮さもない。だが、こうしてふとオランダが恋人らしいことをしてくれると、愛されているのだな、と柄にもなく感じてしまうのだ。



そうしてディナーを終え、二人きりでカウントダウンもして、2020年を迎えた。
初日の出を見に行こうというのは前々から話していたため、二人は5:30くらいに起きてから支度をして、プーシーの丘に向かった。
旧市街の真ん中に聳える丘で、頂上には小さな寺院がある。この丘からの夕日は世界的に有名で、夕暮れには観光客でごった返す。そのため、朝日を見に行くことにしていたのだ。

6:10頃に登り始め、途中で入山料を支払い、ひたすら階段を登っていく。そこそこきつい。従軍経験も多い二人でも、久しぶりに登るにしては少しきついと感じるレベルで、328段も階段があるらしい。
頂上に着いた頃には日の出が近く、鮮やかなオレンジ色が山の向こうに見え、カーン川に空が反射していた。
鉄の柵の手前で、二人で並んで立つ。他にも30人ほどが来ていたが、ほとんど白人だ。

だんだんと空が白んでいくにつれ、街を覆う朝靄が現れ、靄の合間から特徴的な三角の屋根が連なるのが見える。静謐な空気の中に、鶏の鳴き声が響き始めた。

仏教は朝日の宗教だ。
メコン川に沈む夕日を見るのもいいが、やはり、敬虔な仏教の街であるルアンパバーンで見るのなら、朝日の方が美しい。人々が祈りを捧げてきた信仰の対象そのものなのだ。なるほど確かに、日本が太陽の上る国を名乗り、韓国が朝の鮮やかな国を名乗るわけである。

鮮烈な朝日が山から朝靄を切り裂くように街を照らしていく。東南アジアといえど内陸のため、早朝は吐いた息が白いほど冷える。その冷たさを、眩いオレンジが払拭していくようだ。
アルレシアはつい、オランダに凭れるようにくっついた。オランダも肩を抱いて応える。

東アジアの人々が平和と安寧を祈る対象とした朝日の美しさに、アルレシアもつい祈ってしまう。
どうか世界が平和でありますように。個人の幸せが社会の平和に依存するのだから社会の平和を祈るという、現実主義の宗教である仏教。今、アルレシアは祈りを捧げてきた人々の気持ちが分かるような気がした。


15/163
prev next
back
表紙に戻る