家族でなくとも
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広場を離れ、近くのパン屋でシュトレンを買うことにする。家族経営の店だからか、一家総出で客をさばいている。
家族で過ごすのがクリスマスだが、家族で一緒なら働いてもいいというような商魂だろう。だがこの店ももうすぐ閉まるようだ。夜は家族と温かく穏やかに過ごすのが、やはりあるべき姿である。
「どれにする」
「えっ、種類とかあるんだ」
「お前ん家でストルって名前が有名なら、たぶんオランダ式なんだろ。だったら、よく食うのはこれだな」
「Marzipanstollen…マージパンか、うん、これこれ」
マルツィパン、英語でマージパンとは、アーモンドと砂糖を砕いて混ぜ、それを様々な形にして作る一口大の菓子のことだ。欧州をはじめ、広く世界で好まれる洋菓子である。
フルーツの形にした色鮮やかなマルツィパンを、ケーキのトッピングにしたりチョコレートに入れたりする。オランダのシュトレンはほとんどがこのマルツィパンを混ぜて作られる。
文化的にオランダの色が強く、シュトレン自体もオランダ語で発音するアルレシアでも、シュトレンと言えばこのマルツィパンシュトレンだった。
「アメリカん家とか日本ん家だと、アーモンドパウダー混ぜてるやつとかナッツ、あとはドライフルーツ混ぜてバターを表面に乗せたヤツが有名らしいな」
「どれも美味しそう」
アーモンドパウダーを混ぜるMandelstollen、ナッツを混ぜて作るNussstollen、ドライフルーツなどを混ぜてバターを外側にふんだんに使うButterstollenなどが世界で知られるものだ。いずれもドイツでは複数ある種類のひとつでしかない。
「クリスマスはドイツの家も華やかだな、飯が」
「やかましいわ」
フランスいわく武骨な料理であるドイツも、クリスマスともなるとこれだけシュトレンが華やかになる。アルレシアはどれにしようかと見ていき、プロイセンはそれを待っていてくれた。
「これにする、Quarkstollen」
「やっとかよ」
じっくりと悩んだ末に、アルレシアはクワルクシュトレンという、クワルクチーズなどのチーズを混ぜて作るタイプのものを選んだ。本当はシュトレンはクリスマスを待つ待降節という4週間に少しずつ食べるが、観光地だけあってすぐに食べきれるサイズのものも売られていた。
アルレシアが選んだシュトレンを、プロイセンがトングで掴んでトレーに載せるとさっさと会計に向かう。どうやら買ってくれるようだ。待たせた上に払わせるのは、さすがの守銭奴アルレシアも忍びないが、プロイセンの好きにさせた。おそらく自分も食べるつもりなのだろう。
そうしてやっとパン屋を出ると、空から舞い落ちるものに気づく。
「雪だ」
「降って来たか。さすがに寒ぃな」
もともと道路や屋根にうっすら雪化粧があった街並みに、雪が落ちてくる。時間もそろそろ夜本番、人々も祭に興じるような姿勢から自宅に戻りつつある。観光客向けの場所は別として、だんだんと街は静かになりつつあった。
「ホテル取ってある。まだ見たいとこあるか?」
「特にはないよ」
「ん」
再びプロイセンに連れられる形で、2人はホテルへと向かう。そういえば、とアルレシアはプロイセンの袖を引っ張った。
「あの人形なに?」
「…あぁ、クリッペのことか。イエス降誕の後、初めてユダヤ人以外にイエスが出会った東方三博士の礼拝っつー場面を中心に、聖書の場面を人形で表現してんだ」
「でも絶対あれとかさ、現代だよな」
「こういう人形ものは政治の皮肉やるのがお決まりだろ」
「あぁ、そういう」
バンベルクはクリッペも有名で、町中にクリッペが飾られている。人形たちは聖書の場面を表現しているが、中には政治のネタをやっているものもある。欧米の人形を使ったイベントではよくあるものだ。
そんなクリッペなどに飾られた街も暗くなっていく夜、アルレシアはふと、手に持っている人形の片方を紙袋から出してプロイセンに渡した。
「はい、これ」
「…え、そっちか」
プロイセンに渡したのは、金髪のアルレシアっぽい人形の方で、アルレシアが持っているのは銀髪のプロイセンっぽい方だ。少し驚くプロイセンの手を、手袋越しに掴む。
「いつでも一緒にいられるみたいでいいじゃん。それこそ、家族みたいで」
「っ、!」
クリスマスとは、家族で過ごす時間を大事にする行事。兄弟のいる国は別として、やはり国は家族という枠がないためこの時期は好きに過ごしている。イギリスとフランスが暴れることもある。
プロイセンはドイツをはじめ兄弟が多い一方で、今日はこうしてアルレシアと過ごしてくれている。
町中、どこも家族で一緒に歩く人間たちの姿を見るプロイセンの目に、アルレシアが思い立ったのが、人形を共有することだった。
国である2人は、家族になることはない。それでも、家族でなくとも、アルレシアはこうやって人形だけでも常に側に感じられたらいいと思った。
プロイセンはそういうアルレシアの気持ちを正確に察してくれたようで、一瞬だけ目元を歪めたあと、アルレシアを強く抱きしめた。ぐい、とコートの厚みすら感じられないほど密着する。すぐに温もりが伝わってきて、何より愛する人とくっついている心の温かさが伝わる。
プロイセンの鎖骨あたりに目元をこすりつけると、プロイセンが耳元で囁く。
「家族じゃねぇけど…一番好きなヤツと、一番好きな街でクリスマスを過ごせて良かった」
「ん、俺も、連れてきてくれて嬉しかった。愛してる」
「…っ、アルレシア…!」
愛しいという感情の強さを物語るような抱擁を受ける。2人の頭上には、静かに雪が降り続けていた。そんな穏やかな時間が、堪らなく幸せだった。