あの頃へ
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「お兄ちゃん、行かなくてええの…?」
「…、ほれは…」
一方、少し離れたところでオランダは葛藤していた。ベルギーは怖がってその後ろに隠れながら、オランダを窺った。
オランダが迷う理由は、過去の改変を恐れてのことだ。もし今話し掛ければ、思わず何もかもを吐露してしまいかねない。だが、このときのアルレシアはオランダと和解する前、なんなら、関係がオランダによって冷え込んですらいない。これで真相をバラせば、過去に影響が出るかもしれなかった。早くイギリスが治せばいいだろう、とそちらを睨むと、首を振られた。小声で、「いつのタイミングから来たのか分からないと、現代のアルレシアを見付けて交換できない」と説明される。とりあえず睨み付けておいた。
「な、なぁ、アルレシア、」
「なんだイギリスもどき」
「ぐっ…実はな、お前は今、西暦2016年の世界に来ている」
「……はぁ?」
当然の反応だ。いきなり未来にいると言われても、いくらファンタジーな中世とは言えにわかには信じられない。
「窓の外を見てみろ」
イギリスが窓を指差すと、アルレシアはそちらを見るために窓際へ移動する。そして、目を見開いた。
今となっては何とも思わないが、ここはニューヨークの超高層ビル、数百メートルの高さの窓からの眼下には無数の摩天楼と、自動車が足元を小さく走る。空にはたまに飛行機やヘリコプターが飛ぶし、様々な電工掲示板が輝いている。
「な、んだこれ…どうせ、絵画だろ、」
中世のアルレシアからすれば、それは現実と認識できる光景ではなく、絵画の中のフィクションに映る。アルレシアは剣の柄を向け、窓を叩き割ろうと振りかぶった。
「わーーだめだよ!!」
そこへ、イタリアがその腰に抱き着いた。アルレシアを包むような姿勢なのだが、抱きつくという方が正しい。
「うわ、なんだお前」
「イタリアだよ、アルレシア兄ちゃん!」
「んなでかいわけねぇだろ!」
「お願いだよ信じてぇ!あと剣怖いからしまってぇ!!」
涙目で震えながら懇願する様を見たアルレシアは考えるように押し黙る。そして、イタリアの目をしっかりと見て口を開いた。
「好きなものを3つ言え」
「へ?好きなもの?…パスタと、ピッツァと、ベッラ!あ、あと絵を描いたり音楽を演奏したり、シエスタするこも好き!」
「パスタ、ピッツァ、ベッラの3つを答えるのも、3つって言ったのにそれ以上答えるのも、確かにイタリアだな…」
「中世からそれで判断できたのか…」
ドイツは今と変わらない様子に呆れを隠せない。アルレシアはイタリアと外の景色を見比べ、そしてため息をつく。
「…はぁ、分かった。信じてやる。で、誰がやった?」
軟化した、と思ったのも束の間、そんな冷たい声が響き、イギリスが失神した。
***
一方、アルレシアは700年振りの首都の街並みに懐かしさを感じながら歩いていた。本当は誰かに会っても良かったが、歴史の改変を恐れてそういうことはしなかった。
城壁の中は、戦前まで残っていた旧市街そのものの姿だ。道行く人々はみな華やかな衣服を見にまとい、住宅の三階部分の間に道路を横断するようにして掛けられたロープには、色とりどりの旗がはためく。まさに覇権国家の都に相応しい様相だ。
さらに進めば、王宮が姿を現す。正門付近から前方部分はこのあと火災で消失するが、宮殿を歩いて後宮につくと、そこには戦前まで残っていた部分がある。
国王の執務室のベランダが中庭に面するところだ。
ベランダの奥に見える窓は、執務室のもの。
アルレシアの脳裏には、あの空爆の夜が浮かんだ。笑う国王と首相の笑顔と、その背後にあるひび割れた窓、その向こうのベランダの先には、燃え上がる首都。
「…、陛下…」
「どうかしたんか」
そこへ、後ろから声をかけられた。振り返ると、無表情のオランダが立っている。今よりだいぶ背が低い。
アルレシアは内心焦った。そもそも誰とも会わないようにしようとしていたのに、よりにもよってオランダと会ってしまうとは。
「商談に来ぉへんかったさけ、何しとるんかと思えば」
「あ、あぁ、悪い、立て込んでてな」
どうやらこれから商談だったらしい。ますます不味い、いつも商談のときは頭のなかにすべてを入れて挑んでいたから、咄嗟にやることは不可能だ。
しかも、オランダとは都合が悪い。
(つい、ポロっと言っちゃいそうだしな、色々と)
このあと、アルレシアは些細なすれ違いによってつらい時期を過ごす。いたずらにオランダを傷付けたくもなかったし、勘違いを避けられるなら避けたいと思ってしまう。
だが、そのつらい過去だって、大事な思い出だ。それがあったから、今があるのだ。喉元過ぎれば、というわけではないが、アルレシアは今幸せだから、この経験を避けてはいけないと思う。
「…、あっ、おい、そこのメイド」
「はい」
「オランダを特別応対室へお連れしてくれ」
「かしこまりました」
「悪いな。非礼の代わりに、特別な部屋に通させてくれ。普通は条約の締結でしか使わないようなところだ」
「…分かった」
この時代はあったはず、という記憶を頼りにメイドに頼み、オランダを向かわせる。アルレシアは、そろそろ現代で解決する頃だろうと踏んでいた。メモ用紙にいくつか言葉を書いて地面に落とせば、あの光が全身を包んだ。
***
目を開ければ、見慣れた面々。一様に不安げな顔をしていたから、おかしくなって笑ってしまう。
「なんつー顔してんだよ、お前ら」
「アルレやぁぁぁ!!!おかえりぃぃい!!!」
まず最初に叫んで飛び付いてきたのはスペインで、その後何人も同様に泣き付いてきた。そのなかには入っていないオランダを見れば、複雑そうな顔をしている。
「…俺にとっては、全部大事な思い出だよ」
「っ、アルレ…!」
そう言うと、オランダもアルレシアを抱き締めた。すると、その足元に羊皮紙が落ちているのを見付けた。懐かしいその紙を拾い上げると、自分の筆跡。考えることは同じだな、と当たり前のことながら気付いた。
騒ぐ国たちを見ながら、アルレシアはその紙を大事にポケットにしまった。
きっと、過去の自分も同じことをしているだろうと確信して。
『2016年の自分へ。みんなに謝っておいてくれ。色々と言っちまったから。あと、その平和を大事にしてろよ。きっと、お前が一番、その尊さを分かってるだろうから』
『1316年の自分へ。オランダは特別応対室に通しておいた。遅刻したこと謝っておいて。あと、俺からの助言な。きっとこれから、お前はたくさんのつらい思いをする。けど、それは全部、今の俺に繋がってることなんだ。だから、怖がらなくていい。いつか、お前が垣間見た世界が、ちゃんとやって来るから。がんばれ』