夢主のお悩み相談シリーズ
−コンプレックス/南伊
●19世紀後半
相談者:ロマーノ
イタリアが統一されてから少し、様子を見に行くついでに何か売り付けてやろうとイタリアに赴くと、まずヴェネチアーノから歓迎され、少し商談した。
ロマーノの姿が見えないことを聞いてみると、どうやら家の自室で寝ているらしい。今が重要なときだろうに。イタリアも少し疲れが見えたから行ってみようと、教えてもらったロマーノの自室へ向かう。
「ロマーノ、アルレシアだ」
「アルレシア…?入っていいぞ」
許可を得て中に入ると、ロマーノがキャンバスを前に座っていた。絵を描いていたようだ。イタリアはともかくロマーノがあまりこういうことをしているのは見たことがなかったため、驚く。
「どうした、珍しいな」
「…まぁ、な。ヴェネチアーノみたいに描けないけど」
自嘲気味に笑ったロマーノは筆を片付ける。そのわりに丁寧に仕舞っていた。一応完成はしたのだろう、キャンバスにはどこかの農村が描かれている。パースに違和感を感じないでもなかった。
「…ヴェネチアーノのこと手伝わなくていいのか?」
「……あいつは、俺がいなくてもできるだろ。昔からそうだった」
あぁ、とアルレシアは納得する。
統一して、数百年振りに同じ家で暮らし始めてみたら、その違いを目の当たりにしたのだろう。昔、スペインがイタリアを欲しがっていたことに拗ねていたのも知っている。そうしたことを考えるに、ロマーノにしてみればコンプレックスを非常に感じてしまっているのだ。
「それこそ、絵だってあいつが上手くて。…経済の中心はヴェネツィアにあったし、文化の中心はミラノにあったし、食はトスカナ、芸術はフィレンツェ。"イタリア"はあいつだ」
スペインの家にいたときに比べてロマーノは大きくなったし、かっこよくなった。アルレシアより背も高い。それでも、まだまだ不安定だった。そして何より、本質は変わっていない。
「せめて絵を描くくらいは、なんて思ったんだけどさ。あいつには勝てねぇし。他のやつらにも」
ルネサンスを始め、イタリアは常に芸術の先端にいた。フランドル派として、オランダとベルギーも寓意的宗教画や肉体美、農村風景などに秀でていた。スペインだって、常に時代の前衛を走る。ドイツやオーストリアは美術がなくとも音楽や建築があるし、イギリスは世界の芸術を集めてくる。そしてフランスは、あらゆる芸術の中心だ。
「…こんなもの、」
言っているうちに自己嫌悪が激しくなったのだろう、ロマーノは鉛筆を削るナイフをキャンバスに向けて振り上げた。それをアルレシアが腕を掴んで止める。
「っ、離せこのやろー」
「なんで。俺は好きだよ」
アルレシアはロマーノの力が抜けるのを確かめてから手を離し、代わりに座るロマーノの肩を後ろから抱く。
「どこがだよ、こんなん」
「上手いかどうかじゃなくてさ。これはお前が表現した、お前の心の中にある風景だろ?…ロマーノが表現した世界じゃん」
びくり、とロマーノは肩を震わせる。あやすようにそれを撫でてやった。
「…だから、見れて嬉しい。ロマーノの世界が見れて、俺は好きだ」
「…くそ、ベッラのくせにマジで男前だよなちくしょー」
「なんだそれ」
ちょっと声が泣きそうだったのには気が付かないフリを決め込む。それに、とアルレシアは重ねて思い至る。
「俺より上手いよ、断然。一回書いてみたらスペインに壁画みたいって言われたし」
「…あいつは悪意なかったんだろーな…」
「それがむかつくよな。俺が強いて誇れるのは、貨幣・紙幣鋳造技術だなぁ」
ローマ帝国滅亡後も貨幣経済を維持したアルレシアは、欧州でも最も早い段階に金本位の紙幣へと移行した。そのため、貨幣や紙幣の偽物が出回るのを防ぐための様々な方策が追求されてきた。経済至上主義だからこそだ。そうして、模様や透かしなどの技術を発展させた。
アルレシアが誇れるのはその程度である。
そう言うと、ロマーノは微妙そうな顔をした。
「ぶれねぇな…」
「褒めるな」
「褒めて…いや、もうそれでいいよこんちくしょー」