夢主と考える国際経済シリーズ
−戦後復興
ドイツとの国交再開から3年が経った、西暦2005年。
アルレシアは長年に渡って経済界から望まれてきたEUとのFTAを発効させるに至った。
FTAとは、Free Trade Agreement(自由貿易協定)の略で、相互に関税などの障壁を撤廃して自由貿易を促進する取り決めのことである。
新自由主義と呼ばれる考えのもと、世界的に進行する自由貿易協定発効は、アルレシアにとって非常に重要な外交手段であった。
ブリュッセルで行われた調印式からわずか1年での発効が、それを裏付けている。
発効に合わせて行われたヨーロッパ会議で、ドイツやイギリス、フランスはホクホクとした表情を浮かべた。
「いやぁ、俺ん家の農家からは嬉しい悲鳴が上がってるよ〜」
「シティの投資家や銀行家も浮き足立ってるな」
「デュッセルドルフやルールはお祭り騒ぎだ」
アルレシアの関税が撤廃されたことで、これまでヨーロッパ各国からアルレシアへの輸出にかかっていた費用がほぼなくなり、途端に増えた需要で主要国は喜びの大騒ぎだ。
「僕たちも頑張り時ですね、スーさん!」
「ん、りんごにゃ負げね」
「俺んどごのホルスタインが乳噴くっぺぇえ!!」
スマートフォンやパソコンなどのIT市場拡大に沸くフィンランドやスウェーデン、酪農輸出の増大でテンションが上がるデンマークと北欧3か国も顔は明るい。
ルクセンブルクやベルギー、オーストリアやその他東欧などの小国や、イタリア、スペインなどの南欧組は間接的に貿易量が増えることを歓迎している。
あまり浮かない顔なのがオランダやノルウェー、アイスランド、スイス、さらにアルレシア本人だ。
「アルレ…後で天然ガスの話しよっさ…」
「俺もだアルレ…」
「…漁業協定の確認、してよね」
「我輩の嗜好品産業についても話がある」
オランダとノルウェーはヨーロッパ向けの石油、天然ガスの輸出について競合相手となるため、価格について話し合わなければならない。しかし相手はアルレシア、守銭奴筆頭だ。交渉は難しいものとなる。
地中海産の魚介類や魚肉加工食品によって輸出を圧迫されるアイスランドも、漁業への懸念がある。
時計やチョコレートなどの嗜好品をルクセンブルクやベルギー、ドイツと争うことになるスイスは苛立ちを隠せない。
「お前ら待て…俺だって農業や食品産業、資源産品に機械産業どれを取ってもやばい」
そして関税を撤廃するアルレシアは、EUほどの競争力をもたない自国産業の崩壊に頭を抱えていた。
当然国内からの批判や反対は大きい。
しかしアルレシアやEUには、それでもFTAを結ばなければならない理由があるのだった。
***
そもそもの新自由主義という考え方から、話は遡る。
古典自由主義は産業革命後のイギリスで生まれたものだ。貿易を民間に完全に任せておけば、やがて貿易国間では産業が補完的になっていくというものである。
例えば、自動車産業が強いAと農業が強いB、2つの国があるとする。この両国が自由主義であるとき、AはBから安く質の良い農産品が輸入され、BはAから安く質の良い自動車が輸入される。
それぞれの強い産業を比較優位産業、弱いものを比較劣位産業と呼ぶ。Aなら自動車が比較優位、農業が比較劣位で、Bはその逆である。
自由貿易が進展すると、お互いの比較劣位産業は衰退し、やがて消失する。代わりに比較優位産業はさらに強くなり、輸出量が増える。
そのため国全体の利益はある程度まではプラマイゼロで動き、やがてコストのかかる劣位産業の消失以降はプラスになる。
国家全体としては、合理化がなされることになるわけだ。
世界恐慌にともなうブロック経済によってこの考え方は消滅したが、戦後、再び復活する。
ブロック経済に弾かれた国が枢軸となり戦禍を引き起こしたからだ。
ブロック経済は言い換えれば保護貿易、自由貿易の反対である。
つまり、自由貿易によってすべての国が比較優位産業だけになると、戦争は起こりにくくなるはずだ。
AとBの例で考えれば、もし両国の間で戦争が起こった場合、Aは農産品が、Bは自動車が手に入らなくなる。それはお互いの比較劣位産業であり、消失したために自国で生産できなくなっているからだ。そうなれば戦争の遂行はできない。
このような理論から、世界は戦後、自由貿易を進めた。
アメリカのブレトンウッズ体制はこの考えに立脚している。
1944年に成立したブレトンウッズ体制は、IMF(国際通貨基金)、IBRD(国際復興開発銀行)、ITO(国際貿易機関)を軸に据えていた。
IMFは国際金融と為替相場の安定を目的とし、国際収支が悪化した国への出資と1金オンス=35$の維持を図っていた。1973年の固定相場制崩壊により後者の役割は終えている。
IBRDは先進国の戦後復興と途上国支援を行うための組織であり、先進国の復興が済んだところで貧困国開発に特化、IDA(国際開発協会)を別に設置してその役目を続けている。IBRDとIDAを合わせて世界銀行と呼ぶ。
そして3つ目のITOであるが、これはついに実現することはなかった。ブロック経済が再び起こらないようにするため、各国が集まって一斉に関税を引き下げる場として設置される予定だったのだが、その設置を決めたハバナ憲章がアメリカを始め各国の議会で批准されなかったため、設置されなかったのだ。
代わりに各国は、ハバナ憲章の一部であったGATT(関税および貿易に関する一般協定)を暫定議定書として別個に適用した。暫定議定書であれば議会の批准を必要としないからである。
こうして、GATTによる関税引き下げの国際会議が行われていくこととなる。