第二話: カジノ″Crow crowN″−6
一夜を過ごし、午前中に女性をホテルの裏口へ送って、ようやく仕事が終わった。17時から勤務していたので、実に18時間も拘束されていたことになる。
戸籍のない漣は、労使契約も法的根拠がなく、労基署に行っても意味がない。漣とて、別にこうした労働を訴えようとする気もなかった。
「づっかれた〜…」
しかし思わずため息も漏れる。6時間後にまた出勤だ。仮眠を取っておきたいところだが、昨晩得た情報に気になるところがあったため、整理しなければならない。
「癒しが…癒しが欲しい……」
「あれ、香坂さん?」
「香坂さん!」
すると後ろから元気な声がかけられた。振り返ると、駆け寄ってくる黒とオレンジ。
後輩で同じディーラーの、日向翔陽と影山飛雄だ。日向は元気良くぴょんぴょんとしながら、影山は大型犬のように目を輝かせながら走ってくる。
「癒し……!」
漣はすかさず両腕を広げ、二人を迎え入れた。日向に飛びつかれよろめいたところを、影山に支えられる。
「日向ボゲェ!危ねえだろ!」
「影山うっせー!」
「はぁ〜、可愛い…後輩が可愛い……」
年下好きとしては、ディーラーとして慕ってくる二人が可愛くて仕方がない。二人は漣に憧れてくれていて、まだ昼間の閑散時間帯しか任せられないことから漣と会うことが少ないため、こうしてたまに出会すと喜んでくれるのだ。
「田中さんから聞きました!ポーカーなのに75万円稼いだって!」
「ホストクラブでもねえのにドンペリ入れさせるとか、香坂さん流石っす」
「ん〜、まぁな。コンサル系の女社長と外資系支店長と大手保険会社社長と華道の家元と茶道の家元だったしな。金払い良かったんだよ」
「香坂さんの話術とか進め方とかがすげーからッスよね!」
「どうやったらそんなできるんすか」
漣が抱き締める日向と、漣を抱き締める影山がそうやって純粋に慕ってくれるものだから、つい漣は興奮してしまう。
「マジで可愛いなおまえら……はぁ〜、抱きて〜、つか抱かせろホテルなんだから」
「……?もう抱き締めてますよ?」
「なら俺に抱かせてください」
「日向はそれでいいぞ〜、影山もそれでも構わねえよ〜」
「何を言っているんだ?」
そこへ、低く張り詰めた声が響いた。ぎくりとしてそちらを見遣ると、額に青筋を浮かべた澤村がいた。
「後輩に手を出すなって言ってるよな?」
「じょ、冗談だって……さ、おまえら仕事だろ、行って来い」
「うす」
二人は素直に頷くとカジノへと向かった。二人はこれから仕事なのだ。
一方、澤村はがっしりと漣の肩を掴むとホテルの中へ入っていく。
「どうせ泊まりだったんだろ。仮眠してきなさい」
「あの女社長の横で寝たふりしたから平気」
「寝たふりは寝てないだろ。というか、俺は何度も他のスタッフには手を出さないように言ったよな?」
「まだ手ぇ出してないじゃんか。つーか、ほんとに冗談だって」
澤村からは、客と寝ることがある漣に対して他のスタッフには手を出さないように厳命されていた。とはいえ、例外は一人いる。
「じゃ、澤村が相手してくれんの?お口直しにさ」
1階の従業員仮眠室の前に来た二人。澤村は黙って扉を開けて、漣の肩を抱いたまま室内に入ると、ベッドに押し倒す。
なかなか積極的だな、と思ったそのとき、澤村は漣の隣で横になると、その大きな手を漣の瞼に乗せた。
「コンシーラーで目の隈を隠さなくても良くなったら抱いてやるから、今日は寝なさいね。分かったか?」
「……ずっる、」
その温もりや安心する澤村の匂いのせいで、抵抗する気も襲い受けする気も失せる。隈を隠していることすらバレているとなると、もう何もできなかった。
心地よさに、やらねばならないことをすべて放って、意識を手放すことにする。スタッフの中で唯一漣を抱く澤村は、もしかしたら漣の心身を安定させるためにこうして近くにいてくれているのではないか、そう漣は踏んでいた。