第一話: 無骨なあかつき−5


茂庭はしらとり銀行側の理由までは知らなかったものの、その話から、白鳥系列はこの密輸のために建設会社の談合と入札を手引きして融通を利かせるようにしたのだと考えられる。青城セキュアも取り込んで、2つの大企業を駒にして、この島を再造成する段階から計画を始動させていた。
それほどまでに密輸をしなければならない理由とはなんなのか。そこまではまだまだ見えてこなさそうだった。


「あークソ、だからこんなこと関わりたくなかったんだ…!」


すると茂庭は、テーブルに肘をついて頭を抱えた。すべてを白日の下にさらした不安はまだ消えないようだ。茂庭自身は不正が行われる現場にはいなかったようで、ただ引き継がれてしまったのだろう。恐らく、上層部からすれば昇進扱いだが、真面目な茂庭からすれば地獄だろう。これで会社を辞めようものなら、何をされるか分からない。それこそ、そっちの道の男に闇討ちでもされかねない。


「昇進しないようにすることもできただろ、なんで部長まで上り詰めたわけ?」


漣は項垂れる茂庭を突きながら尋ねた。茂庭はため息をついてから、顔を上げて、存外しっかりとして目でこちらを見据えた。


「部下や同期を守るため。こんな不正、バレたら俺たち一般社員から切り捨てられるに決まってる。関わっちゃったからには、完璧にこなして外部に絶対にバレないようにして、皆を守る。だから管理職になった」


意志の強い目は、確かに部長をやる実力を備えていた。澤村に似ていると思うのは、やはりその義務感の強さだろう。優しさと、覚悟。それを持つ者はあまりに強い。
先ほど思ったように、いざというときには、茂庭は漣をこの部屋で殺害しようとしたはずだ。漣が返り討ちにしていただろうが、それでも、茂庭は立ち向かう強さがある。


「…あんたの部下は、幸せモンだね。こうやって一人で情報屋として立ち回るのも楽でいいけどさ、茂庭さんみたいな上司と働くってのも、いいなとは思うよ」

「…香坂も、無理はすんなよ。危ないことしてるんだし」


そう言って茂庭は、ぽん、と手を漣の頭に置いた。撫でられている。漣に情報を知られることになってあんなに動揺していたくせにこれだ、隙だらけなのに、そこに付け入る気をなくさせる。
漣は苦笑しながら、無性に澤村に会いたくなった。

***

茂庭の家を出た漣は、タクシーを拾って臨海特区に帰った。風の道地区のサウスゲート付近で降車し、この日もこのゲートを担当していた国見に手を振ってから潮騒地区に戻る。久しぶりに島を出ていたこともあって、少しだけ帰って来たという感覚があった。
歩いてすぐにカジノCrow crowNに差し掛かると、ちょうど東峰が酔った客を摘まみだしているところだった。エントランスから男を外に出すと、すぐにMSDのEPSが来て男を連行していった。相変わらずとてつもない強面の東峰に声をかけると、そのいかつい肩はびくりと震えた。


「わっ!漣か、」

「驚きすぎだろ」


背も高くガタイもいい男は東峰旭、警備班の班長である。泣く子も更にギャン泣きする強面だが、とても小心者なのだ。澤村と仲が良く、もう一人、VIPを担当する菅原孝支と清水潔子も合わせて4人が同期のメンバーだった。漣はあまりそういう区分が好きではないため自由にしている。


「澤村どこか知ってる?」

「大地も今日休みだよ。ていうか、漣がいないからセレブ卓にサーブする必要ないしなぁ。あ、でも、上がりは今朝だったから仮眠室に泊まるっつってたな」

「マジか、ありがと」


ちょうどよかった。茂庭を見たら会いたくなってしまったので、いるのなら会いたい。漣はホテルNesTに入って従業員区画へ進むと、鍵のかかった仮眠室をピッキングで開けて中に侵入した。ベッドには澤村が豪快な大の字を描いて寝ている。
こっそりと漣もベッドに上がると、ストールを放ってジーンズも脱ぎ、シャツと下着でベッドに滑り込んだ。これくらいで澤村は起きない。投げ出された腕と脇腹の間に頭を置いて、逞しい体の脇腹あたりに額をつけるようにして横になる。ダイレクトに温もりを感じながら目を閉じると、突然、澤村は横を向いて漣を抱き込んできた。一瞬起きたのかと思ったが、どうやら寝返りがてら手近なものを抱き枕のようにしたらしい。目の前には澤村の胸板が迫り、完全に包まれていた。


「…ま、いっか」


距離が近くなる分には問題ない。漣は心にじわりと安堵が広がるような暖かさを感じながら、眠りについた。


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