第三話: 情報屋−1
澤村のおかげでいくらかすっきりした気分でその日も出勤し、ブラックジャックでしこたま稼ぎ、またポーカーで淑女を誑かし、その晩も寝て、翌朝。
レディを送り届けたあと、翌日の水曜を休みに控えていた漣は、ここでようやく気になっていたことを実行することにした。
ホテルの建物内、客とは異なる従業員用の廊下を進んだ先に、漣に宛がわれた部屋がある。居住が許されず、宿泊数にも制限がある潮騒地区であっても、漣だけに許された治外法権だ。
とはいえ、TIREAの監査を逃れるため隠されていることもあって、面倒は多い。何よりカジノまで遠かった。建物内を15分も歩くのだ。
「場末じゃねえから病気になったら終わりだしな〜」
保険証などない漣は病院にかかれない。場末の違法賭博場なら闇医者もいたが、ここは法で雁字搦めとなった最新のウォーターフロントだ。いつか戸籍を弄りたいものであるが、さすがの漣でもそれは骨が折れる。
自室に辿り着くと、指紋、虹彩、顔認証と28桁の半角英数字記号パスワードをパスする。28桁のパスワードは月1で変えていた。しかも新パスワードが表示されるのは3秒間、その後はデリートされる。その程度の情報など1秒で暗記できる。残りの2秒はくしゃみをする場合を想定していた。
部屋に入れば、散らかった部屋の奥に何台ものパソコンが目に入る。ディスプレイは6台、デスクトップが4台ある。2台はノートパソコンで、うち1台はポータブル端末である。
漣が調べたかったこと、それは、一昨日引っ掛けた女性がもたらした情報の1つ。ほとんどが浮気や不倫、訴訟に関することだったが、本人のちょっとした些末な噂程度でもたらされた情報が気になった。
「なんでも、日本の銃の闇取引で価格が暴落してるんですって」
本人としては、こんな裏社会のことも知ってるのだという虚勢のためのスパイスに過ぎないような、なんてことない都市伝説のような噂だっただろう。だが、金持ちの耳に入る噂は一般のそれとは違うのだ。そこは、普通の大学を出ただけあって少し常識的だった。自身の得た情報が、ただのスパイスなどではないことに気付いていない。
「裏社会での銃の取引価格が暴落なんて、どっかが大規模な密輸してるに決まってる。暴力団がこれほど没落し、北九州すら治安が回復した今になってそれはおかしい」
独り言を漏らしながら、漣は起動したパソコンで調査を始める。以前、別の機会に違和感を持ったとある資料との繋がりを直感していたのだ。
銃の闇取引、それは日本において実態の掴めない大規模な市場の1つだ。
銃が最もたくさん売れるのはアフリカである。そして、最も高く売れるのは日本なのだ。銃刀法という厳しい規制のある国において、港湾施設をくぐり抜けることも、海上保安庁の目を盗んで停泊することも難しい。
必ず、″合法的な″手段で港湾に招かれているはずだった。
最近になって起こった現象であること、暴落というほど価格に破壊的影響を与えていること、これを満たすには、既存のルートではあり得ない。
「あったあった、これだ」
漣が見付けたのは、とある図面だ。
実は漣は、ここに来たとき、誰も信用していなかった。モナコの雇い主の男のつてでACTIRにやって来て、日本企業のカジノで働き始めたし、隣の3丁目には男がモナコで展開していた企業の1つ、「
Bon moment de Monaco社」がカジノをやっている。
それでも用心していたので、潮騒地区のあちこちの監視カメラをハッキングしてそのデータを漣の元へ自動転送させており、独自にインストールしたAIで顔認証を行って識別させていた。
その膨大なデータを処理するべく、漣はTIREAのサーバーをハッキングして、一部スペースを占領していた。その間借りした場所に、この島を再造成する際の図面があったのだ。
試しに見てみると、新東京港地区の大型客船ドックから、風の道駅を通り、潮騒2丁目のコンビニの地下へと至る地下道を発見。制限区域2つを跨ぐ地下道など、公式情報にはあるわけもなく、工事や業務で使用するものかどうか判断がつかなかった。
そのときはあまり気にしていなかったのだが、今、それと女性からもたらされた情報がリンクした。