第二話: カジノ″Crow crowN″−1


シャンデリアのオレンジがかったような明かりは、最新のLEDライトによるものだが、クラシックな蝋燭の明かりのように輝いている。
明かりに照らされた広い空間には人々の落ち着いた喧噪が満ち、時折悲鳴が、時折歓声が上がる。人々の合間を縫うようにホールスタッフがドリンクを運び、テーブルの人だかりはプレーヤーの他にオーディエンスも混じっていた。

ようやく冬から春になっと思えば寒の戻りを繰り返すような3月末。この日の外は気温が春らしいが、つい昨日は10度を下回っていた。そんな、どちらかと言えば涼しい季節であるにも関わらず、この空間は熱気が籠もっていた。
エアコンで万全の空調であってもそう感じるのは、体感温度ではなく自身の内側の興奮によるものなのだろう。涼しい顔をしているのはスタッフたちくらいだ。


「それでは皆様、ベッティング・インターバルに入ります」


漣が言えば、右端に座るドレスの女性から順にベットが始まった。
黒チップを2枚。淑女然りとした見た目に反して強気のベットに、隣の若い男性は顔を引き攣らせてフォールド。その横の中年男性は楽しげに黒チップを3枚、その隣の高齢女性は黒チップ3枚に緑チップを2枚。彼女の友人らしい同じく老齢の淑女は黒チップ3枚と緑チップ3枚だ。満足したのか、ターンが戻ってきた女性はコール、以降全員がコールし、最後の高齢女性から全員チェックした。
これでポットには計2350万円が賭けられた。これにアンティの白チップ5枚を加えると2355万円がこのディールに賭けられた総額となる。

ポットに黒と緑が並ぶ様子を見たためか、テーブルを見て回っていた人々が驚いたように見に集まる。そして、そこに立つディーラー、漣とテーブルサイドに立つ装飾の凝った看板を見て納得していた。

ここはクローズド・ポーカーのテーブル、ディーラーは香坂漣、そしてノーリミットでアンティは白チップ1枚である。


「では、アクティブ4名様にて、ショーダウンに入ります」


漣が端の女性に目を向けると、女性はゆっくりと手札を表向きに並べた。
♠️2、♠️4、♠️5、♠️J、♠️K、なんとフラッシュだ。
フォールドした男を飛ばして中年男性は、苦笑しながらオープンした。強気のベットに薄々感付いてはいたようだ。
手札はツーペア。

高齢の女性二人も、それぞれワンペアとツーペアであり、一人目の女性が2355万円を手にすることになる。


「このディールの勝者はキング・ハイ・フラッシュとさせていただきます。おめでとうございます」

「どうも。皆さんレイズばかりでしたから、少しドキドキしていたわ」

「なに、次のディールで取り返すさ」


言うほど焦っていなかった女性に、中年男性も余裕でそう笑った。オーディエンスがどよめいているのを見て、プレーヤーたちは気分が良さそうだ。


「お飲み物はいかがですか?」


ここらで稼ぎ時。すかさず漣は飲み物を勧めた。即座に中年男性が応じる。


「では、こちらの男性に良いものを」

「…参りましたね、これでは私も次を期待してしまう」

「あのフォールドも強かな手ですわ」

「本当に」


中年男性は右隣に座るフォールドした若い男性に奢ることを申し出た。運の強かった女性はもちろんだが、フォールドした男性の強かさを正確に感じ取った他のプレーヤーはそう賞賛した。
この若い男性は、中年男性や高齢女性たちがレイズすることを言動から見抜いていた。だから、アンティだけの損失で済ませようと手を打ったのだ。あまりブラフが盛んではない日本のポーカーにおいて、うまく躱したこのフォールドは上手いといえる。

漣は微笑みながら頷く。


「それではカリュアド・ド・ラフィットはいかがでしょう。2010年ものがお勧めです」

「ではいただこう」

「かしこまりました。ではこれより次のディールの準備をいたします、ご参加される方はこちらへ」


素早くテーブルの下からタブレットを取り出して高名なセカンドラベルを注文する。すぐに顔を上げてにこやかにオーディエンスに呼びかけるが、メンバーに恐れを抱いたのか参加はなかった。


「すげえな、あれが有名なディーラー香坂か、手持ちさえありゃな」

「やめとけ、一流の卓はベットも一流なんだ、端金じゃ足りないぞ」


オーディエンスの小声の会話すら、この場ではスパイスに過ぎない。一流のディーラーが指揮するテーブルで、一流のプレーヤーたちがポーカーを楽しむ。
世界最高のワインのセカンドラベル、それも8万円前後のものをお冷やのように頼み、黒チップがポットに鎮座するこのテーブルにいる、それだけでステータスとなっていた。


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