年上彼氏−3
その後、黒尾とともに混み合う新宿で服を見たりゲーセンに行ったりして過ごしていたが、デート開始2時間、黒尾はしきりに「どっか行きたいとこある?」 「食いたいもんある?」と聞いてくるようになった。
どうやらネタ切れらしく、伊吹は少し意外に思った。そつなくこなしそうな黒尾が考えあぐねていたからだ。
「…どっか、カフェ入りません?」
「そだな!喉渇いたしな!」
特に希望があるわけでもない伊吹は、とりあえず適当なカフェにでも入ることを提案する。二つ返事で頷いた黒尾は、手早く近くのチェーンのカフェを見付けて入ると、先に席に着いた。
「俺買って来るから。何がいい?」
「あー…じゃあ、アイスコーヒーで」
「ん、分かった」
先輩でもある黒尾に行かせるのは気が引けたが、黒尾は「やってあげたい」タイプであるため、言葉に甘えることにした。それに、1人になってスマホでこのあとどうするか調べたいかもしれない。
少しして、黒尾がトレイ片手に戻ってくる。どうやら混んでいなかったようだ。表情は変わっていない。とはいえ、黒尾はもともと表情を悟らせないようにするのが得意だ。伊吹が分かったのは、それだけ見てきた、というだけの話である。
礼を言って財布を出そうとすれば、当然のように止められる。無理に払うものでもない、伊吹はまた改めて礼を言って財布を仕舞うと、ストローに口を付けた。
「伊吹さ、このあとどうしたいとかある?」
「や、特にねっす」
「そっか」
黒尾はアイスティーにレモン汁を垂らすだけで口をつけない。ず、と伊吹のストローが氷に触れて音を立てた。
「…すんません、俺、楽しくねえっすよね」
「なっ、いや、そんなことねぇから!」
伊吹は他人に興味を持たず、関わることを避けてきたため、こういうときどうすればいいか分からない。黒尾が何を考えているか分かっても、それに対してどうするべきか分からないのだ。
「……黒尾さん、ずっと、どうしようか考えてるじゃねっすか」
「あー…そっか、うん、伊吹って人のこと見てないようで見てるもんな」
素直に指摘すると、黒尾は自嘲気味に笑った。ストローでかき混ぜるだけのアイスティーは、氷が音を立てて涼しげだ。
「…友達と来るときは、何も考えなくても次どうするか決まってた。けど、恋人と来るってなるとさ、なんつか…なるべくスマートに格好つけてえわけだよ。でも、上手くいかなかったわ。女子じゃねえからどういうとこ喜ぶのかも分かんねえし。わり、俺こそ、楽しませらんなかったよな」
黒尾のそんな様子は珍しく、いつも飄々としてそつなくこなす日々の姿からは想像も付かなかった。きっと、友達や彼女であれば、こうはならなかったのだろう。伊吹はそんな黒尾が、まったく嫌ではなかった。
「楽しいかどうかって言われると、分かんねえっす。人と同じことして楽しいとか、あんま思わねえから」
「そっか……」
「…でも、なんつーか、気分は良いってか…一緒に来られて良かったとは思ってます」
「へ、」
黒尾はぽかんとした。やらかした、という顔から一転して、理解しようとしている表情だ。それを見て伊吹は小さく笑う。
「いつもは、部活のこと考えて、友達と騒いで、そういう″誰かの″黒尾さんですけど。今日は、俺のことだけ考えて、俺のことだけ見てくれた。友達とか彼女とかにはしなかった表情見せてくれた。そういうの、嬉しいっす」
年上の恋人の、普段から何でもこなせるバレー部部長といった感じの姿は、好きだが距離を感じてしまった。いずれ来る別れのときを、否応なしに感じさせたのだ。
しかし、伊吹とどうするか悩み、至らずに落ち込む表情を見て、他ならぬ自分でなければ見れなかったものが見られて気分が良かった。ずっと伊吹のことを考えてくれていたのが、嬉しかった。
「デートって、時間を独占することじゃないですか。今日、こうやって黒尾さんを独り占めできてるんで、それで十分なんすよ」
「……マジか。うわ、マジか……やべえ、可愛すぎるし好きすぎるしマジでやっべえ……」
黒尾は伊吹の言葉に顔を赤らめて、それを隠すように顔を伏せた。呻くような声でひたすら「可愛い」「好き」と唱えるところに、伊吹はまた言葉をかける。
「できれば、黒尾さん家行って、誰にも見られないところでもっと独り占めしてえな、って思うんすけど?」
それを聞くやいなや、黒尾はバッと顔を上げ、そして、アイスティーを一口で飲み干した。