こうはいこわい−4
夕飯として回鍋肉を作ってやって、風呂を交互に入って、髪も乾いた頃には夜9時を回っていた。
フローリングのリビングダイニングと和室二部屋の2DKで、リビングはダイニングテーブルでいっぱいになる狭さだ。
伊吹と二口は伊吹の部屋で並べた布団に横になってくつろぎ、伊吹はスマホを、二口はパソコンを弄っていた。
隣に二口がいる夜はこれで二度目である。前回は、二口が思い悩んでいるときだった。今とは立場が逆だ。
まさかここまで本格的に部員たちが協力してくれるとは思わず、警察よりよっぽど頼りになった。真面目な作並や吹上が教師に工学室の利用を許可してもらえたから実行できているし、それぞれが本気で伊吹を守ろうとしてくれていた。
後輩たちからの気持ちを強く、形で感じて、伊吹は堪らない気持ちになった。
その感情に任せて、うつ伏せで上体を肘で支えながらパソコンを弄る二口のところまで伊吹は這って行くと、その腕にそっと額をつけた。
二口がぴくりとして振り返る気配を感じる。
「やっと甘えてくれるんですか?」
「……甘えてねえわ」
「そーですか」
二口は軽く笑い、横向きになると、伊吹を抱き込んだ。胸板に顔を押し付けられるようにして抱き締められ、腕枕の状態になる。
「っ、なにすんだ」
「甘やかしてます」
「お前な、」
「もっと頼ってください」
伊吹を遮り、二口は真面目なトーンで言った。その声に滲む心配に、伊吹は思わず口を噤む。
「伊吹さんが思ってるより、俺は伊吹さんのことが大切なんです。だから…もっと、大切にさせてください。頼って、甘えて、必要としてください」
その真摯な声音と言葉は、先輩として後輩には頼れないと無意識に思っていた伊吹の意識を改めさせた。先輩や後輩ではなく、一人の人間として、二口は伊吹に接しようとしているのだ。
誰かを大切に思う、そこに年齢は関係がないのだと、そんなことを今さら学んだようだった。
「…ふっ、お前、顔に似合うな、そういうイケメンなセリフ」
「俺は真面目に、」
「分かってるよ。ありがとな」
皆までは言わせずに、伊吹はぎゅっと抱き着いた。もともとゼロだった距離をさらに詰めるようなそれに、二口は一瞬息を止める。そして、一気に体温を高くして心音を早めた。如実に伝わる動揺が可愛らしくて、こっそり伊吹は笑ってしまった。
***
翌朝、やはりいつも通りの体で登校し、同じように宿題を見てやってから、伊吹と二口は早めに帰ることにした。
そろそろ封筒を入れに来る時間だ。先に、二人はアパートの近くのコンビニまで行き、そこでパソコンでモニターしてストーカーを監視し、アパートから出て来たところを捕まえる。
「俺たちも行きます!」
そこへ、黄金川や作並、吹上、青根、小原、女川が立ち上がった。急いで宿題を片付けて帰る支度を調える。
「危ねえだろ、」
「だったら、なおさら人数いた方がいいでしょう」
吹上は低い声で正論を返してきて、伊吹は何も言えなくなる。すると、二口がぽん、と伊吹の肩を叩いた。振り返ると、二口は首を横に振る。
「昨日言ったこと、俺だけじゃないんスよ」
結局ぞろぞろとレギュラー組で向かうことになった。他の部員は帰し、いったんアパート近くのコンビニで待機する。二口がパソコンをガードレールに座って弄り、他はコンビニで買ったアイスを食べて待っていた。
もしストーカーが何かしてきたら自分が殴ればいいだけだと言い聞かせていると、二口が鋭い声を出した。
「来たぞ」
「もう行くか?」
小原はすかさずゴミをゴミ箱に捨てて臨戦態勢になる。「まだだ」と二口は返事をしたが、すでに全員ゴミを捨てて立ち上がっていた。
「……よし、封筒を入れた。行くぞ」
その言葉と同時に、全員一気にアパートへと走り出す。すぐに到着し、そしてついに、ストーカーと対面した。
見た目は普通のスーツ姿の男で、いきなり現れた高校生の集団に驚いていた。その中に伊吹、そして二口を見付けると、一気に表情が険しくなる。
「…なんの真似だ」
「こっちのセリフだ。俺の家で何してた。いや、なんでこんなことしてた?」
暗にすべて把握していることを告げれば、途端に男は恍惚とした。
「そうか、やっと気付いてくれたのか!一目見たときから君のことが好きで好きで…あぁ、嬉しいよ。想いは通じていたんだな」
何を勘違いしているのか、気持ち悪いことを抜かす男に伊吹が言い募ろうとしたが、それより前に伊吹を隠すように二口が立ちはだかった。
「わりぃけど、あんた、ただのストーカーだから。マジキモいわ」
「……お前は、気安く朝倉君に腕を回していたヤツだな」
しかし二口だけではなかった。同じく背の高い青根、黄金川も二口の両サイドに立って威嚇する。
青根は思い切り睨み付け、黄金川は唸るように男を睨み付けて言った。
「伊吹さんのこと困らせやがって……ッ!!」
ぐるる、と唸る狼のような黄金川に伊吹は驚いてしまった。普段のレトリバーのような態度からは想像できない、獰猛な姿だったからだ。
三人に萎縮したのか、男は後ずさる。
だが後ろには、いつの間にか作並と小原、女川、吹上が回り込んでいた。
小原と吹上は学校から持ち出していたのか鉄パイプを持っており、作並と女川はスタンガンをバチバチと言わせていた。
「この魔改造スタンガンの威力、試してみたかったんですよ」
「鉄パイプで漫画みたいに骨折できるのか、俺も知りたかったんだよな」
作並と小原も、普段の温厚な様子からはかけ離れた様子だった。
作並はいったいなんてモノを造ったのか。
男はいよいよ恐ろしくなったようで、表情をゆがめるが、劣勢だからこそ自棄になったらしい。二口を睨み付けると、どうしても二口への憎悪だけは晴らしたかったのか、いきなり走り出した。
「っ、二口!」
伊吹は体の内側がサァっと冷たくなる感じを覚え、すぐに庇おうとしたが、二口はむしろ男へと接近した。
そして、その長い足を男に向けて俊敏に突き出した。足の指の付け根あたりが男の顎にクリーンヒットし、男は声もなく倒れた。
「なっ、……」
「…どうですか伊吹さん!ちょっと前に伊吹さんから習った空手の技!えと、上段の前蹴り!」
「……は、マジ、ほんと、無理すんなアホ……」
思わず伊吹は力が抜けてアスファルトに座り込んだ。「大丈夫っスか!?」と黄金川があわててすっ飛んで来るなり伊吹のそばにしゃがむ。先程の狼のような威嚇が嘘のようだ。
「作並、ちゃんと画角から外れてたな?」
「ばっちりです」
「電柱とこのマンホールを繋いだラインよりアパート側はカメラに映りません」
吹上が二口に聞かれて示したラインは、電柱に取り付けたカメラの死角となる部分だ。これで、作並たちが武器を持っていたことは記録されず、男が突進してきたことへの正当防衛の記録しか残らない。音声はもともと録音していないのだろう。
後輩たちの用意周到すぎる一連の対応は、もはや末恐ろしい。呆気なくストーカーを現行犯で取り押さえ、警察の御用とできるのだ。
「……後輩がこえー……」
「伊吹さんのためっスよ!」
明るく言った黄金川に青根が頷く。そういうことじゃない、と思いつつ、伊吹は「……ありがとな」とだけ返した。
本当は伊吹は知らなかった。
実は一連の作戦の立案は、二口が更衣室で速やかに事態を共有した茂庭たち3年であることを。
常に伊吹のために、二口たち現役と協力し、暗躍していることを。
後輩以上に恐ろしい同期のことなどつゆ知らず、伊吹は安堵のため息をついていた。