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矢巾は、伊吹が沈んだ表情をしながらビブスを取りに体育館へ戻るのを見届けた。
その後、盛り上がる岩泉たちに声をかける。


「あの、岩泉さん」

「ん?どうした?」

「…、伊吹と、デートしないんですか、日曜」


矢巾が直接尋ねると、及川たちは少し驚いていた。誰も口にしなかったからだ。
岩泉は首を傾げる。


「?別に、予定はねぇけど」

「予定は立てるモンじゃないですか。誘わないんですか」

「一緒に行きたきゃ混ざればいいだろ」

「じゃなくて、2人きりで、ってことです」

「伊吹がそんなこと考えるクチかぁ?」


基本的に先輩たちを尊敬している矢巾だが、だんだんと苛立ってきた。伊吹の切なさそうな表情が頭に浮かぶ。不器用な友人のために、矢巾は傍観者をやめた。


「岩泉さん、今まで一度もデートしたことないんですよね。伊吹から聞きました」

「は!?嘘でしょ岩ちゃん!?」


矢巾が言うと、及川は素っ頓狂な声を出す。周りの部員も驚いていた。岩泉がどれほど伊吹のことを好きか知っているからだ。


「俺たちは男同士だし、普通の恋人っぽいことは別に必要じゃねえだろ」

「必要かどうかじゃなくて、したいかどうかでしょ?2人のことなんだから」


及川の主将たる所以は、こうしたときにきちんと核心をつくところだ。幼馴染であることもあって、及川は岩泉の思考回路もある程度分かっている。


「…伊吹、不安がってます。岩泉さんが、セックス以外誘わないから、思いにズレがあるんじゃないかって」

「うっわ、セフレじゃんそれ」


花巻は2人の実情を知って口元を押さえる仕草をする。だんだんと部員たちは岩泉にじとっとした目を寄越すようになっていく。全員、伊吹のことを大事に思っているからであり、とりわけ北一組である及川と国見、金田一は厳しい目を向けていた。


「そんな、つもりじゃ…」

「伊吹だって普通の恋人みたいになりたいわけじゃない。ただ、不安なだけです。きちんと安心させてください」

「じゃないと及川さんがかっ攫っちゃうよ〜?」

「あ、俺も」

「国見ってほんと伊吹さんのことになると積極的だよな」


すかさず及川と国見が横取り宣言をして、金田一は国見に呆れつつしっかり手を上げて主張していた。
岩泉がそれを見て舌打ちをしたところで、ビブスを抱えた伊吹が部室に入ってきた。


「伊吹、お前、デートとかしてぇか?」

「え、なんすか急に」


そこに岩泉がいきなりぶっ込む。伊吹は怪訝な顔をするも、部室の変な空気に察したのか、矢巾に目を向ける。


「なんか言ったな」

「まぁな。お前もちゃんと言えよ」

「……チッ」


伊吹は舌打ちをしつつも、ビブスを棚に置いて岩泉に向き直る。なぜか部室にいる全員が伊吹の言葉を待っていた。


「……別に、そこら辺のカップルみたいになりたいわけじゃねっす。でも、デートすんのって、2人だけで同じ時間とか、感覚とか、気持ちを共有するモンじゃねえっすか」


伊吹にしてはスラスラと言葉が出て来るのは、それだけこのことを考えていた証だ。沈黙の中でこの手の話を恥ずかしげもなく淡々としている伊吹は少し意外でもあるのだが、恐らく、伊吹の部員への信頼の現れだろう。


「……俺は、今でもすげぇ覚えてます。岩泉さんと付き合うことになったときの、帰り道。初めて2人だけで帰って、初めて隣を歩いてました。夕焼けの中飛んでる烏とか、なんとなく電柱の影踏まないように歩いてた歩道とか、道ばたの反射鏡に2人しか映らなかったこととか、なんかそういうしょーもねぇこと、ぜんぶ。そういうの、積み重ねてぇなって思うし、俺の『好き』は、そういう『好き』です」


話し終えた伊吹の正面に立つ岩泉は、ぐっ、とシャツの胸元を握ってから、その手で伊吹を抱き締めた。そして自身の首筋に顔を埋めるように伊吹をその腕に囲うと、岩泉は絞り出すように言った。


「……ほんと、適わねえな」

「そうすか?」

「おう。お前のこと、なんつか、愛しすぎて、死にそう」

「じゃあ、死ぬ前に色々行かねえとっすね」

「そうだな。日曜、どっか行くか」


あれほど渋っていたくせに、伊吹はそうやって岩泉に誘って貰えた途端、嬉しそうに小さく笑って深く抱き着いた。こんな可愛い不良がいてたまるか、と矢巾は胸を押さえて蹲る。


「伊吹……かわい……すぎ……」


同様に及川や松川、花巻もロッカーに凭れながら蹲り、国見や金田一も胸元を押さえて地に足をついた。
岩泉は耐えられることにさすがだ、と矢巾が内心思っていると、体を離して着替えに戻った岩泉が、ロッカーの開けっぱなしの扉に激突した。


「え、大丈夫っすか」

「おう、大丈夫だ、ロッカーだしな、俺」

「は?」


───どうやら、岩泉が結局一番やられているらしい。
呆れた様子の伊吹に先ほどの殊勝さはなく、とっとと帰り支度を始める。矢巾はそういうとこだぞ、とはとても口にできないまま、なんとか立ち上がろうと足に力を込めた。



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