連載: cuddle eagle struggle−きみと会えたこと


4月も中旬に差し掛かろうかという頃、斉藤に頼まれて校内のパソコンで部員名簿を作成しているときだった。
生年月日を記入するのだが、ふと、やたらそれが近い日付のやつがいたのだ。たくさんいる1年の中で、なんと川西がすぐ数日で誕生日を迎える。
あまりに偶然を感じた伊吹は、せっかくなら何かしてやろうという気持ちになった。

プレゼントを買うような時間も金も余裕はないし、さすがにそこまでするほど関係性が深まったわけでもない。ちょっと引かれそうなことはしたくなかった。

そこで、何気なく好物を聞いてみることにした。

すっかり日常となった昼休み、伊吹が横向きに座って後ろの川西とともに同じ弁当を食べる。
最初に弁当を食べたとき、川西はえらく感動し、何度「大したモンじゃねえ」と伊吹が言っても、できることがすごいと繰り返した。

本当に何でもないおかずたちなのだが、川西は毎日美味しそうに食べている。


「お前さ、なんか好物とかあんの?」

「好きな食いもん?すきやき」

「あー…そっか」


聞いてみれば、すきやきという鍋料理を提示されてしまった。弁当にするなら少し工夫が必要だ。すきやき風味の肉料理ならできるだろうが、鍋から卵を溶いた器によそうあの様式が良さであるため、弁当でやるには物足りない部分もあるだろう。
とはいえ、それくらいの気軽さの方がむしろ良いのかもしれない。


「伊吹は?好きな食いもんなに?」

「……ツナたまごサンド」

「…へぇー……ふっ、」

「んだよ」

「いや……意外と子ども舌なんだなぁって……」

「殴るぞ」


そう言いながら軽く拳を振りかざす。もちろん本気のそれではない。それを川西は掴んで受け止めると、そのままぎゅっと拳を握り混んだ。
伊吹より遥かに大きな川西の手の平が伊吹の拳を包み込む。渇いた暖かさに覆われ、なんだかむずむずとした。


「おいなに掴んでんだ」

「そこに拳があったから」

「赤ちゃんかよ」


差し出されて掴んでしまうのは赤ちゃんのそれだ。そう言われると嫌だったのか、あっさり川西は手を離す。それが少しだけ名残惜しく感じたのは、気のせいだと思いたい。


***


4月15日になった。
春らしい暖かさがやっと続くようになり、杜の都にも春がきちんと訪れたのだと実感する。

いつも通り、弁当を作って登校して、昼休みとなる。当然だが、川西は誰にも祝われていない。朝練でもそうだ。4月生まれは新学期のごたごたで誕生日を忘れられがちである。とりわけ1年ともなれば知らないことの方が多い。

それにしても、クラスで友人に誕生日がいつか聞かれる程度の会話もなかったのだろうか。見たところ、川西は伊吹以外にクラスで話しているやつがいない。


「お前さ、俺としかいねぇけどいいの」

「?なんで?」

「俺はぶっちゃけ川西が話し掛けなきゃ誰とも連まなかったし、今も川西以外とは話さねえけど。お前は普通にさ、俺みてぇな不良みたいなのといないで普通の関係あってもいんじゃね?」

「……俺といるの嫌だった?」

「や、そういうんじゃねえけど…」

「じゃあいい。伊吹と一緒にいたいからいる。伊吹だって言ってたじゃん、牛島さんに気を遣って一緒に過ごしてたんじゃないって」


川西はそう言って弁当箱を開ける。
まっすぐに、一緒にいたいからいるのだと告げた川西。伊吹はそうしたストレートな言葉にあまり耐性がない。
変にドキリとしつつ、伊吹は口を開く。


「……誕生日、おめでとう」

「へっ、」

「この前、名簿作ってて知った。お前、好きな食べ物すきやきとか言うから」

「…これ、そういうことか。誕生日にラッキー、なんて思ってたけど……そっか」


川西は伊吹の言葉に驚いてから、くしゃりと照れたように笑った。まさか知っているとは思わなかったようだし、恐らくそれで良かったのだろう。


「……さっき、お前が話し掛けなきゃ誰とも連まなかったっつったけど。お前と会えて良かったとは、思ってる」


伊吹が目線を逸らして床を見ながら言うと、隣で川西がもぞりと動いた。そちらを見遣ると、川西は手の甲で口元を隠すようにして、少し顔を赤くしていた。


「……伊吹ってさ、コミュ力ないわりに、ストレートな言い方してくれるよな」

「……逆。俺は自分が口下手っつー自覚がある。だから、伝えるべきことは、恥ずかしくてもきちんと伝える努力をするべきだと思ってる」


自分が口下手であることは、別に速やかに治すべきことではないし、それも個性だと思っている。だがそれは、相手に伝えるべきことを伝えない理由にはならない。空気を読んで察して、という遠回しな伝え方ができないからこそ、伊吹はきちんと言葉を組み立てて伝えようと思うのだ。それは、人と付き合うためにすべての人が負うべき誠意なのだと伊吹は考えている。
言葉とは、そういう大事なものなのだ。


「…俺、伊吹のそういうとこ好き。俺も同じクラスになれて良かった。祝ってくれて、ありがとな」

「…おー」


川西は弁当の中で、すきやき風味の肉を最初に食べた。「うめえ」と言って笑った顔は、特別なものではないはずのハヤシライスを美味いと言う牛島と、同じ顔をしていた。



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