鉄壁を継ぐ−1


インハイ予選が近付いていた雨の日。
ジメジメとしたこの時期らしい天候とは関係ない室内競技の部活、バレー部はいつも通りきつい練習に打ち込んでいた。

伊吹もマネージャーとして、ときにサーブを打ち込み、ときにドリンクを出し、というように選手とマネージャーの間のようなことをしていた。

今年のインハイのスタメンは、半分が3年で、2年2人と1年1人という構成だ。これでも強豪校、実力社会である以上、こうした一見アンバランスなこともままあった。
それでも同期の3年が多く涙を飲んだのを見て、不良と称される伊吹としても複雑だ。もちろん後輩たちも可愛いし、何よりプレーは上手い。期待の気持ちもたくさんあった。


そんな中、主将である茂庭を含め、3年スタメンの鎌先、笹谷に呼び出された。


部活の終わり際、3人に連れられて部室に入ると、当然誰もいない部屋は暗く静かだった。電気を付けないのは、すぐ戻るからか。



「伊吹、頼みがあるんだ」


意を決したような茂庭の意志の籠もった眼差し。いったい何かと続きを促した。


「俺たちはインハイで引退する。他の3年もな」

「だろうな」


工業高校は就活する者も多いため、引退するのは当たり前だった。普通、インハイがラストとなるだろう。春高には出られないことの方が多い。


「でもさ、伊吹には、残って欲しいんだ。マネージャーとして」

「……は?」


茂庭の頼み、それは伊吹に引退しないで残れというものだった。
鎌先と笹谷を見遣ると、2人とも茂庭と同じく意志の強い表情のを浮かべていた。


「……なんで」

「次の主将は二口だ。でも、あいつああ見えて弱いところあるだろ。だから、伊吹にサポートして欲しい。インターン決まってるから、就活しないんだろ?」


伊吹は確かに就活も受験もない。インターン先からすでに内定をもらっているからだ。
だから残ることはできると言えばできる。しかし、問題はそこではない。


「……そりゃ、就活しねえけど…3年残んのけじめにならねぇだろ」

「マネージャーなら大丈夫だと思う。強豪校で3年が全員春高に出ないのは、多分ウチだけだ。伊吹がサポートとしてベストだろ」

「もっさんの言うとおりだ。あの甘ったれにはまだ3年が必要だかんな」


鎌先が珍しく静かに言うと、笹谷は頷く。だが笹谷は同時に、少し困ったような笑みも浮かべた。


「……嫌、か。やっぱり」

「…ったり前だろ……なんで、俺だけ……」

「伊吹のこと、1年も2年もめちゃくちゃ大好きだしさ、大丈夫だろ」


茂庭のそんな気楽な言葉に、つい伊吹はキレた。手が出るのが早い伊吹だが、怒ることは早々ない。


「っ、俺に!1人で残れって!?俺が、お前らがいない部活を大丈夫だと思えるようなヤツだって思ってんのかよ!?」


伊吹なりに同期を大切にしていた。大好きな仲間たちを、表情や口には乗せずとも大事にしていた。
そういう気持ちくらい、察してくれていると思っていた。態度通りの薄情なヤツだと思われていたのか、と伊吹はショックだったのだ。


しかし茂庭の少し高い位置にある目を見上げると、言葉に詰まった。


「…っ、」

「思ってないよ。ごめんな、分かってて言ってる。お前につらい思いさせるって」


切なさそうに言う茂庭に同意する鎌先も笹谷も、怒鳴った伊吹に動じることもなく、済まなさそうな顔をしていた。その目には罪悪感の他にはっきりと、伊吹のことを大切な仲間だと思ってくれているのが伝わる慈しむような色も見えていた。


「……たち、悪ィだろ……そんなん……」

「ごめん。ほんとごめん。でも、俺は二口たちに春高で全国行って欲しい」

「……俺は……お前らのいる部活が好きだった……お前らと、全国に行きてえのに……」

「それはインハイまでの目標にしてくれ」

「……ひっでーの」


分かっていた。インハイで、今のメンバーが白鳥沢を破って全国に行くことは難しい。不作の世代とすら呼ばれたこの代は二口と青根のおかげで鉄壁を保てたのだ、代替わりは速い方がいい。それも、強豪校の宿命だ。
伊吹にとっても二口たちは大切であるため、彼らをサポートすることは本望といえる。しかし、茂庭たちがいない部活を過ごせというのを茂庭たちに言われることも、また残酷なことだった。


「…ささやんは最後まで反対してたんだ。鎌ちも。言い出しっぺは俺」


茂庭が言うと、笹谷は苦笑する。機敏に鋭いだけあり、伊吹の反応もお見通しだったはずだ。


「俺らが思ってる以上に俺らのこと好きでいてくれてるって分かってたしなぁ。でも、俺たちは伊達工として強くならなきゃなんねぇ。そのために必要なことだって言い聞かせた」

「ささやんそれ納得してねえだろ!ま、俺もくそ生意気な二口たちに可愛い伊吹を任せんのは癪に障るけどな!」


そう言って笹谷は伊吹の頭を優しく撫で、鎌先は筋肉質な体に伊吹を抱き込んだ。
伊吹が茂庭の袖を掴むと、茂庭はその指を掴んで包み込む。


「なんかあったらいつでも俺たちが味方だから。部活にも顔出すし」

「……当たり前」


伊吹は同期たちが大事だ。そして彼らも伊吹を大事に思ってくれている。その上で託すというのなら、受け止めようと静かに決意した。



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