鉄壁を継ぐ−2
インハイが終わった。
烏野高校の前に敗れた伊達工は予選敗退となり、3年は引退することになる。二口たちは渋っていたが、工業高校という場所や茂庭たちの思いを受けて、なんとか前を向いて進もうと決めているようだった。
それでも普段はおちゃらけた二口の表情に僅かに浮かぶ暗い影を見付けて、茂庭の言っていたことは間違いないのだと実感する。なまじきちんと責任感のあるヤツだからこそ、二口はしばらく脆い時期が続くのだろう。
インハイのあとすぐ、3年が引退の挨拶をして部活に出なくなった。休みや終業式など様々なことを過ぎればすぐに夏休み、新チームの本格的な調整が始まる。
引き継ぎも終えた夏の日、伊吹は普段通りのマネージャーの仕事を終えて部室に戻った。すると、部屋の中にはたった1人、二口だけがユニフォームのまま残っていた。他の部員は気を遣って先に帰ったようだ。
夕暮れの部室は薄暗く、まるで茂庭たちと話したときのようだった。その記憶が、伊吹に出番だと告げる。
もともと伊吹はコミュニケーション能力が高くないし、言葉だってきつい。しかし、やらねばならない。
「……二口、どした」
「…伊吹さん……」
ベンチに座って項垂れていた二口は顔を上げる。あからさまに下手な笑顔だった。
「すんません、すぐ帰ります」
「……べつに、急がなくていい」
そう言いながら、伊吹はぽす、と二口の頭を軽く撫でた。背の高い二口の頭に触れる機会などなく、柔らかい手触りに悪くないな、なんて思った。
「……伊吹さんだけ残ったの、俺のためっすか」
珍しい伊吹の行動から、すぐにそこまで考えが至った二口は間違いなく頭がいい。もともと勘付いていたのだろう。
「伊達工のため。まぁあとは可愛い可愛い滑津のため?」
「…そんなことするくらいなら、茂庭さんたちが残れば良かっただけじゃないですか。俺が主将やんの不安で、無理に伊吹さんのこと残らせるくらいなら」
さすがだな、と内心舌を巻く。伊吹が茂庭たちに1人置いていかれることに葛藤があったことまで見抜いていた。なんだかんだ先輩のことが大好きなヤツだと分かってはいたが、ここまで見ているとは。
「……へぇ。俺じゃ役不足だって?」
「まさか。でも、俺のこと散々問題児扱いしときながら主将にして引退とか、ちょっと茂庭さんたち恨みます」
「試合に出られない、出たら勝てない。そう思って引退することになんも思わねえわけねえだろ」
あえてはっきりと言ってやれば二口は息を飲む。まだ頭を撫で続けているが、二口は振り払うでもなくまた項垂れた。
「だから俺は伊達工のためっつった。3年は、代わりに勝って欲しいなんて思ってねえ。引退しても卒業しても、伊達工の勝利は自分の勝利だ。そう思って後輩に継いでくんだろ。代わりとかじゃねえ」
引退してしまえば、部活という空間は自分たちのものではなくなる。部室も、体育館も、ボールも、ユニフォームも。
しかし伊達工が勝つことは、いつまでも自分たちの勝ちとして感じられる。それが、受け継いでいくということである。
「どうせお前、不作だって言われた俺らの代の分まで背負って強くなんなきゃなんねえって思ってんだろ」
「……だって、俺や青根の枠で出られなかった先輩だっていたし、先輩たちは残ってても伊達工は勝てないから早くに引退したんじゃないスか。俺らには責任があって当然です」
「3年の分は俺が背負う」
一言言うと、二口はパッと顔を上げる。ようやく撫でていた手を離して、普段と違う見下ろす位置関係を感じた。
「だから俺が残った。お前が3年になって3学年分を引っ張るようになるまで、俺が半分肩代わりしてやる。だから、もう少し楽にやれよ」
「伊吹、さん……」
二口が縋るように伊吹のシャツの裾を握った途端、扉がノックされる。
「早く帰れよバレー部」
「あ、はい」
見回りの教師だ。適当に返事を返してから、二口の背中を軽く叩く。
「ほら、帰るぞ」
「……っス」
「…そうだ、ウチ来るか?」
「へ、」
頭の中の理性的な部分はある程度大丈夫そうになった。あとは単純に気持ちの問題だろう。先ほどの仕草もそうだし、もう少し時間がいる。そろそろ合宿のことを監督と話す必要があるため、それまでに立て直して欲しかった。
「い、いいんですか」
「おー。軽くなんか食う?」
「え、普通に食いてえっス」
「でも家に晩飯あるだろ」
「どっちも食うんで!」
立ち上がった二口はやはり背が高い。少しテンションを上げた二口は早速着替え始めた。そんなに喜ぶことだろうか、と伊吹は不思議に思いつつ、元気になってくれるならいいかと独りごちた。