鉄壁を継ぐ−3


太白区のアパートに招くと、二口は窮屈そうにしながら玄関を潜った。
廊下の先にあるリビングに入ると、テーブルにメモがある。見てみれば、母が職場に泊まるという内容だった。最近続いているため、少し心配になる。


「どうしたんですか?」

「母さんが職場に泊まるって。今日家に誰もいねえわ」

「えっ、それ俺誘われてます…?」

「あ?」

「さーせんした」


ふざけたことを抜かすなと軽く肘打ちをしてやってから、適当に荷物を置くよう指示する。今日の夕飯は煮物と餃子と味噌汁だ。
早速取り掛かると、のそりと二口が台所にやって来て、伊吹の腰に手を回す。


「俺もなんか手伝えます?」

「特にねえよ。好きにしてろ」

「じゃあ、邪魔しないんでそばにいていいっスか?」

「ん。危ねえから言うことは聞けよ」

「俺はいつでも言うこと聞いてますよ」

「茂庭が聞いたら顔面平行トスだな」

「平行と言えば!黄金の平行が全ッ然合わねーんスけど!」

「知ってる。黄金川の高さに合わせられてねえスパイカーにも問題あんぞ」

「ぐうの音も出ない」



ふは、と小さく笑えば、二口は腰にもう少し強く腕を回すようにして後ろから抱き締めてくる。
部活の合間に抜け出して、昼間から用意していた煮物に火を入れる。途端に醤油ベースのいい匂いが立ち上った。食欲をそそる香りのせいか、後ろからぐう、と腹の虫が鳴った。


「……出たな、ぐうの音」

「うまいこと言ったみたいな顔しないでください!」

「ふっ……ほら、餃子焼くから離れてろ」

「くっそ〜…」


二口はリビングに戻り、伊吹は冷凍の餃子を焼く。跳ねて危ないため離れさせたが、図体がでかいためちょくちょく視界の端に映り込んでくる。
あの長躯が自宅にいることがなんだか新鮮な気がした。

そうしてつつがなく普通の夕飯を作り終え、二口を呼ぼうとリビングを振り返ると、いつの間にかいなくなっていた。
トイレに行くなら横を通ったはずなので、まさかと自室に向かってみると、伊吹の部屋の畳に横になっていた。


「何やってんだ」

「いやぁ…ここで伊吹さんが寝てんだなぁって、深呼吸してました」

「は?キモ」

「ひでえ」


でかいヤツが横になっているだけで、この部屋はこんなに狭かっただろうか、とサイズ感の違いに驚く。
うつ伏せになる二口の右側に腰を下ろして胡坐をかき、その頭をくしゃくしゃと撫でる。やはり柔らかく触り心地は良い。


「…スゥーーーーー…………」

「こら」

「っ、ちょ、今のもっかい……」

「はぁ?」


言ったそばから深く息を吸った二口を叱るように窘めると、二口はなぜかテンションを上げてもう一回とせがんできた。何を言っているんだこいつは、と呆れながら頭を撫でてやっていると、前髪の合間からちらりと見上げてくる。


「伊吹さん、ほんと、ここで襲われても文句言えねっスよ」

「それを返り討ちにしても文句言えねぇなぁ?」

「ぐあ〜、伊吹さんが強すぎる…好き……」

「はいはい」

「……俺、本気で伊吹さんのこと好きですよ」


おもむろに二口は起き上がると、伊吹の手を包むように握ってくる。一気に見上げることになった伊吹の視界は、ほとんど端整な顔でいっぱいとなった。

ことあるごとに好きだと言ってくる二口だったが、ここまで真摯なものは初めてだ。


「伊吹さんが残ってくれてほんとに嬉しかったし、さっき、一緒に背負うって言ってくれたとき、なんつか、こう、胸がいっぱいになるってこんな感じかって思って。俺、こんなに誰かのこと大切だって感じたの、初めてなんです」

「……そっか。で、それは告白か?」

「…いえ。こんな情けないままじゃいられないんで。早く一人前になって、伊吹さんが惚れるような男になったら申し込みます」


そんなことを言える時点で十分こいつは格好いい。そんなことを思いはしても言うことはない。まだ、早い。


「勝つために一人前になれよ」

「当たり前です、がつんと勝ってやるんで、だから、ちゃんと一番近いとこから見てて」

「……おう、見ててやるから」


二口は一瞬だけ泣きそうな顔をしてから、「言いましたね!絶対ですよ!じゃあ飯にしましょー!」と明るく言って立ち上がる。

これは時間の問題だな、なんてことは、恐らく、一生言うことはないだろう。



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