連載: rack up, good luck !−春の夢
「…すんません、俺、青城には行かねっす」
「……え?」
OBが高校生の風を吹かせに練習へ来た日、ちょうど受験を終えて顔を出していた伊吹は、これが最後のチャンスだと思い、その口を開いた。
影山や金田一ら現役が練習を続ける中、一足先に部室に戻った伊吹と及川、岩泉の3人の間には、痛いほどの沈黙が流れる。
「お、前、ハァ!?なんでいきなりそんな、つか他受験してたのかよ!?」
「ちょっと待って伊吹、もしかして白鳥沢に行く気!!?」
いつもやかましい及川は別として、基本的にはおとなしく喋る岩泉まで声を荒げるのは、よっぽど2人にとって驚きの出来事なのだと他人事のように思った。
及川はひどく焦ったように伊吹の肩を掴んで揺さぶるので、とりあえずその手は外させる。
「白鳥沢じゃねっすよ、推薦は来てましたけど。青城からも推薦もらったけど、蹴りました」
「なんで…じゃあどこ?伊達工?」
「なんでわざわざ推薦蹴って一般受験なんだよ」
「そうじゃん!どうせ選手やるなら強豪校でしょ!?」
2人はかなり焦っているようで、こちらが返答する時間すら与えない。
なので、割り込むように少し大きく言った。
「俺は、もう選手はやんねぇんすよ!…やれないんです」
「なんで…」
そしてなるべく簡潔に、伊吹はことの顛末を話した。家族のこと、家計のこと、バイトと部活、勉学の鼎立のこと。伊吹自身が特に気にしているわけではないからこそ、正直にすべて話したのだが、かえって2人はショックの色を強めていった。
そして激昂した2人と喧嘩になり、それ以来、まったく関わりを持たないまま今に至る。
−−−ピピピ、というアラーム音とともに目が覚める。一瞬、リアルな夢のせいで天井が認識できなかった。
「は……んで、まだ、こんな夢…」
2人と喧嘩したあの日のことを夢に見るのは、初めてではない。他人に頓着しない伊吹にとって、夢に出るほど特別な人などいなかった。
「…俺だって、」
その先は言ってはいけない。独り言ですらその警告が頭に沸き、伊吹は口を噤んだ。
烏野として、青城と接点はこの1年ゼロではなかった。しかし、そのすべてをうまいこと躱してきた。明確な逃げだ。それでもいい。
次またあの2人に何か言われたら、平常心でいられる自信もなかったのだ。
***
その日の部活では、澤村から練習試合のポジションの発表があった。小さなホワイトボードにマグネットで選手を示す簡易なものだ。
セッターは先方の練習試合の条件通り影山。影山をフルで出す、というのを条件として指定してきたことにざわついた烏野だったが、正セッターである菅原が日向と影山の速攻が通用するか見たいと了承し、ここに至る。
続いてウィングスパイカーに田中と縁下、澤村、ミドルブロッカーに日向と月島がアサインされている。高さ重視のミドルブロッカーに日向が宛がわれているのは、セッターである影山とのセットアップにうまくマッチングさせるためだろう。攻守どちらもできるウィングスパイカーのうち、攻撃寄りの田中、守備寄りの澤村はそれぞれ前衛と後衛で分かれている。
そしてこのポジション以外に、戦略上の別の役割というものが存在することがある。影山は、意気込む日向の前に立ちはだかると指を突き付けた。
「いいか日向、お前が、最強の囮だ!!」
「おおお!!最強の囮!!おおお!?おおお…」
目に見えてテンションが下がる様子は本当に分かりやすく、ころころ変わる表情は面白い。
しかし、囮というポジションは非常に重要だ。
ストラテジーは様々あるが、概して敵のブロックを躱すことはどんな場合でも最優先課題である。だいたいの場合にはブロックはもともと分散してコートに存在し、強豪たる青城相手では1対1のブロックとの対決で勝つことに不安がある。失点は当たり前の競技であるが、ブロックを躱して得点をどれだけ詰めるかが勝敗を決める以上、囮という存在によってブロックが更に分散されることは非常に重要なことなのだ。