銀座は春、A3出口にて−1


年下モデル及川×デザイナー
成人、バレーしてないパロもの



「どうでした?ミラノの新作コレクションは」

「上々、といったとこですね」


上っ面の会話、自分に酔っ払った者たちの無臭の悪臭、媚びを売る露骨な視線に意地汚いマウンティング。
あまりに汚い空間で、伊吹は反吐が出そうになりながらも、そんな者たちの一員として笑みを作った。


奇才のデザイナーとして世界的に名を馳せる伊吹は、先日ミラノでの新作発表会から帰国したばかりだ。
基本的にはメンズブランドをデザインしているが、レディースや家具なども扱っている。まだ弱冠26歳と若いが、ここにいる誰よりも金と名声を手にしていた。
銀座の目抜き通りに面する世界的ハイブランドの日本旗艦店、そのビルの最上階にあるコンセプトレストランでパーティーが開かれていた。日本の若いセレブや成金、ベンチャー企業の社長などが集まる場だ。

少なくともここは日本であるため伊吹が一番となるが、結局欧米に出ればステルス差別は厳然として存在し、肌に色がついているというだけで社交界では格下である。


「やはりメンズ服はミラノですからね」

「いい刺激になったんではないですか?」


周囲を取り巻く着飾った人々に笑顔で「いつも新しい発見のある街です」とだけ返した。嘘だ。イタリアなんて汚い国は大嫌いだった。ナポリの陽気さがあればまだ救われるが、ミラノはかなり保守的な街、不快な思いばかりしてきた。
そうした意味では、まだニューヨークの方がマシだった。あの街は、人が人として生きている。

溜息をシャンパンとともに飲み込むと、伊吹はひとつ断ってトイレに向かった。
静かな廊下の赤い絨毯が足音を吸い込む。トイレに用などなく、伊吹はただ、廊下のガラス張りの眼下に広がる中央通りを見下ろした。
案外、高層ビルが建っていない銀座の街では、この11階のビルでも高い方だ。だいたいは9階や10階くらいの高さで並んでいる。それでも、ここから有楽町や京橋、新橋の方に進めば周りのビルはどんどん高くなっていく。

歴史的な街並みというわけではなく、世界の大都市にはどこにでもあるブランドが軒を連ねるだけ。タクシーばかりが夜の中央通りをノロノロと進み、少し前まで不況の煽りで落ちぶれていたこの街の残り香のように、水商売の女性がスーツ姿の男と歩いている。銀座のホステスは年増ばかりで有名だった。

溜息をつけば、冬の外気温との温度差でガラスが少しだけ曇る。嫌みのように汚れのひとつもなかった。


「珍しいですね」


そこへ、驚いたような、意外そうな声が響いた。振り返らずとも、暗い夜景越しにその華やかな顔が見えていた。緩慢に振り返り、15センチほど高い目線を合わせる。


「……意外だな。こういう社交場は嫌いじゃないんだと思ってた」

「こっちのセリフですよ。そんな溜息似合わない経歴じゃないですか」


声の主は及川徹、今を時めくモデルだ。たしか年齢は24歳、俳優業も始めて、悪くない演技力にドラマで見る機会が増えた。
ここはあの社交場が嫌になった者だけが来るような寂れた廊下だ。大した夜景でもない、ただの廊下。そんなところで会うには、2人の経歴は華々し過ぎた。



prev next
back
表紙に戻る