銀座は春、A3出口にて−3
人生は終わりのないショーだ。自分というキャラクターを演じるのでもいいし、本人役として世界という舞台で生きていくのでもいい。伊吹は基本的には前者だが、実際のところは後者だった。いつだって、自分の世界では自分が主役であるべきだ。
「生きてんだからさ、誰かを愛して愛されるのも一興だろ。1人でいたいのも、人肌恋しいのも、どっちもホンモノだ」
それでいい。人生なんて、迷うくらいでちょうどいいのだ。
もう帰ってしまおうと伊吹が踵を返すと、及川は「待って!」と呼び止める。首だけ振り返ると、及川はさすがに立場上帰れないのか名残惜しそうに手を伸ばしていた。それをゆっくり下ろすと、力の強い瞳で見詰めてくる。
「……あんたのこと、好きになっちゃったって言ったら、ダメ?」
「ほぼ一目惚れじゃねえか」
「うん。なんかこう、ビビッと来た。ね、結婚しよ」
言葉こそおちゃらけているが、及川は本気だ。本気の目をしていた。必ず繋ぎ止めて、次を作ろうとしている。しかし、ここで簡単に頷いてやるつもりはなかった。
性別はどうでもいいが、伊吹と及川では活躍の場が違いすぎる。
「お前、芸能人としてまだまだだろうが。調子のんな」
「っ、でも、」
「出直せ。俺よりいい男になってたら付き合ってやる」
可能性を性別を理由に切り捨てなかっただけ優しいだろう。及川は一筋縄でいくとは思っていなかったようで、不敵な笑みを返してきた。
「ぜっっったい認めさせてやっから!!」
「おー。じゃ、またな。もしまた会えるようなことがあれば、A3出口で待ち合わせしてやる」
銀座の象徴、四丁目交差点。
地下鉄銀座駅のA3出口から出て振り返れば、そこにはあの時計台が見える。
会えない可能性の方が高いし、一般人でもないのに地下鉄出口で待ち合わせ、しかも日時など指定されていない約束とも言えない約束だ。
だからこそ、それでも再びA3出口で会えたなら、それを運命だと思ってもいいのかもしれない。
***
季節が巡り、春となった。
暖かで麗らかな晴れた空の下、伊吹は珍しく有楽町からではなく地下鉄で銀座駅から四丁目交差点に来た。ここに面するリストランテで1人ランチをするためだ。
階段を上り、降りてくる女性たちを避けて地上へ。
聞こえてくる中国語が通り過ぎてから、伊吹は振り返って白亜の建物を見上げる。時計は昼時を示していた。
「伊吹さん……?」
「……ふは、マジか」
するとそこに聞こえてきたそんな声。呆然としたそれは、向こうもこんなことあるのか、と思っているようなものだった。
思わず笑ってしまうほどだ。こんな出来すぎた話、とても信じられない。
しかし、だからこそこの縁が本物だったと思える。
険しい
日本で、A3出口にて会えたのだ。これを運命と言わずになんと言うのか。
「……会いたかった。ずっと、会えないかって、A3出口に何度も来て…」
時計台をバックに、呆然とした声音通りの表情から綺麗に微笑んだ及川は、間違いなくいい男になっていた。フラフラとした目付きではない。それは、決意を固めた男のものだ。そして、1つの刹那の恋を大事にできる、優しい人のものだった。
「気持ちは、変わってないから」
人混みの中、相変わらず意志の強い瞳で語り掛ける及川。世間が放っておかないモデルは、先日米国で修行すると言って滞在してハリウッド映画に出てから帰国したそうだ。今も、伊吹の服を完璧に着こなしていた。いつの間にか及川のことを考えてデザインし、ニューヨークで話題になったものだった。似合うわけだ。
伊吹は「そうか」とだけ言って、及川の脇を通り抜けるように抜き去る。息を飲んで振り返ってきた及川に、伊吹はすれ違い様に笑って返した。
「匂いも目線も、この一瞬で決まんだぞ。その一瞬に出るすべてのために、命を使うんだよ」
「っ、ちょ、どこに、」
「リストランテ。行きたいって言ってたろ?」
春の風が晴海通りを吹き抜ける。
A3出口が繋いだ2人の縁は、今ようやく、四丁目交差点で交わったのだった。