あと40分−5


その後も勉強会は続いたが、白馬はますます伊吹に惹かれていくのを感じた。

普段は無表情で、目が合えば睨まれているようにも見えるガラの悪さなのに、2人でいるときにはよく笑ってくれるようになったし、他人の動向にはまったく関心がなく自分のクラスメイトの名前すら知らないのに、白馬のことにはきちんと気付いてくれる。

まるで女子のようだ、というと語弊があるのかもしれないが、そんな些細な変化が嬉しくて、伊吹の視界に自分がいることが、そしてその視界を自分が埋めていることがとても気分の良いことに感じた。

テスト期間に入り部活が止まった頃、クラスで休憩時間を過ごしていると、周りにいた男女の友人たちが身長の話になった。


「それで、あの高身長のイケメンとどうなったの?」

「それが、やっぱりキスとかしづらいし、目線も合わないのなんか寂しいから友達でいっかなって」

「うっわ、言ってることちげー!」


以前、この女子は身長が高い男子といい感じになったと話していた。そのときにも身長の話になって、やはり背の高い男子には無条件に惹かれるだなんて話しており、白馬がドヤ顔をかましていた。


「でもさー、確かに考えてみればあんま差があるのも考えものだよね。いろいろ面倒だし、顔見えないし。10センチ差くらいで十分じゃない?」

「まぁ男もそう思うわ」

「白馬も油断できないよ、ただ背ぇ高いだけじゃダメかも」


話を振られた白馬だが、「あぁ」と小さく返すだけだった。身長差、確かにそうだ。伊吹は同じ男だ、ただでさえストレートであろうところに30センチ以上も背が高い白馬が守備範囲になるのだろうか。なぜか勝ち目があるような気になっていたが、それこそ油断だ。今までとは違うのだ。


「白馬?どうした?」

「…身長差33センチって、どう思う」

「…えっ!?まさかお前!」

「うそ、あのモテキング白馬がいよいよマジ恋!?」


感情を隠せない白馬のその小さな声に、友人たちはこれまでとは違う「本気」を感じたらしい。はやし立てるというよりも、驚いてから、なんとか成就させようという気になっているようだった。とはいえ、同じ男を好きになったなどと言えるわけもない。


「…いや、ちょっと気になっただけだ。自分でも分からないこと多いから、まだなんも言わないでおくな」


周りはあからさまに残念そうにしていたが、こればかりは一般論も常識もあてにならない。白馬と伊吹の問題だ。



***

伊吹は昇降口でいつも通り白馬と合流して初めて、もうその必要がなかったことに気付いた。

今日は必修科目のテスト最終日で、明日は実技科目の筆記試験があるのみだ。もう、放課後の勉強会は必要ない。前日までの白馬の様子から察するに、まず赤点はないだろう。


「…すっかり癖になったな」


白馬も遅れて気付いたようで、珍しく苦笑してそう言った。あまりそういう大人びた表情をしないやつであるため、少し意外に思う。


「勉強そのものが癖になってるといいけどな」

「その言い方信用してないだろ」

「じゃあ勉強すんの?これからも」

「多分しない」

「おい」


軽口をたたけば、いつも通りの空気になった。それを合図にするかのように、2人は駅へと歩き出す。これもいつも通りだ。今日はまだ部活ができないため、太陽は真上にある。すっかり夏の空気となっており、高地とはいえ盆地の松本はかなり熱い空気が満ちてきていた。

最初、勉強会を始めたときは全く会話が弾まなかったはずなのに、いつしか何でもない話を何でもないように話せるようになった。
星海と昼神が一緒のときは、基本的に2人が喋ってたまに伊吹が話を振られて返すくらいだった。なぜかそれでも2人は伊吹と行動をともにしようとする。
白馬とは、普通の話を淡々とできている。違いは何なのか分からない。
だが、あれほど気まずそうにしていたわりに、白馬は最初からきちんと向き合おうとしていたように思う。部活から離れてしまえば、白馬にとってはマネージャーをやっている他クラスの不良でしかない。それでも、普段白馬が連んでいる生徒たちと同じように、対等に向き合っていたし、不良やマネージャーというカテゴリーではなく個人を見ていた。

だからだろう、伊吹は白馬と2人でいるときにとてもリラックスしていた。ともに県外から越してきた身で、そして互いに″個″として向き合う姿勢でいたからだ。

電車に乗り込み、2両編成の車体が動き出す。もう勉強会はしないから、このまま松本駅に着いたら上高地線に乗り換えるだけだ。


「…勉強さ、たぶん、自分じゃやらない」

「……さっき聞いた」

「おう。でも、伊吹とならやるわ」


見下ろす視線を感じて、左隣の温もりを見上げた。精悍な顔は真面目な表情で、真摯にこちらを見詰めている。


「……期末終わっても?」

「夏休みの課題あるだろ。それに、別に勉強だけじゃなくてもいい。俺も松本駅から学校までのことしかこの街のこと知らねえしさ、一緒に松本探検してみようぜ」

「……ふっ、探検って」


思わぬ言葉に伊吹は口元を緩める。時折こうした子どもっぽいところが出るのも、この男の魅力なのかもしれない。


「なんだよ」

「や、まさかそんなこと言われるとは思わなかった。いいな、それ。推しの蕎麦屋見付けるとかもやろうぜ」

「推し麺ってわけか、蕎麦だけに」

「っ、く、ちょ、やめろ…!ふは、」


唐突なギャグについに噴き出した。不意打ちは狡いだろう。隣で白馬も笑っていて、体がでかい分その揺れも大きく伝わった。
篠ノ井線は南松本駅に到着する。次はもう松本駅だ。腕時計をちらりと確認し、この電車の到着時間と上高地線のダイヤを思い浮かべる。


「…じゃ、早速だけど。上高地線の乗り換え、ギリ間に合わねえから次は40分後なんだわ」

「あぁ、3、40分に1本だもんな」

「そ。だからさ、あと40分、一緒にいてもいいか?」

「えっ、マジで?」


自分から誘ったくせに驚く白馬に苦笑して、伊吹はその肩にもたれた。身長差があるからか、いい感じに頭が肩に乗って支えられる。太い二の腕の筋肉が盛り上がるのが、夏服の下に感じられた。


「……こんくらい差ァあった方が、楽でいいな」

「ほんとか!?」

「おー、なんだそのリアクション」

「いや!別になんでもない」


なぜかやたら嬉しそうにしたのが謎だったが、窓の外が松本駅前の市街地の姿になっていくのが見えて黙っておく。存外心地良い温もりを感じられるのはあと数分しかない。

夏が来る。それを楽しみに思えたのは、どれだけ久しぶりだったろうか。
それに、別れるまであと40分ある。普段は煩わしいダイヤも、今は悪いものに思えなかった。



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