あと40分−4
授業でやたら「期末に出るぞ」と言われることが増えてきた頃、白馬は伊吹と過ごす時間にも慣れてきた。
もともと白馬は誰とでも仲良くなれるタイプだと自負しているし、実際クラスではクラスの友人と過ごしている。部活の仲間やクラスメイト、1年の頃のグループなど仲の良いメンバーというのを複数持っているタイプだった。
それに、正直なところ白馬はモテる。203センチという身長に精悍な顔つきと体格の良さで、夏や冬のイベントシーズンなどは凄まじいモテ方をしていた。自分に自信があるということもあり、周りにはいつも人がいた。
そんな白馬でも、最初伊吹に勉強を教えて貰うよう頼むのは勇気が要った。部活でプレーのことを話す機会こそ多かったが、それ以上のプライベートはあまり話していない。
クラスが同じ6組の昼神と、クラスは違うが昼神と幼馴染みでよく2人と一緒にいる星海はやたら伊吹を構いたがる様子だったが、白馬からすれば少し敬遠していた。
伊吹はいわゆる不良というやつで、目付きが悪く制服も着崩し口調も荒い。身長は170ちょうどで体格も細身、筋肉はあるが厚い体ではないのに、空手黒帯だからか腕っぷしが強い。
女子は遠巻きに格好いいと持て囃しはするが、決して近寄ろうとはしなかった。昼神たちと話している様子に油断して声をかけると、その射抜くような目線に耐えられないのだという。
伊吹の目力は白馬も認識している。星海も目力に圧があるが、伊吹のは見透かされているような、まさに″貫く″といった鋭さがあった。その目付きは怖さもあるが、しかし同時に、なんの衒いもない真っ当な評価をしているものでもあった。事実、伊吹の部活中の指摘は正確で、白馬はそういう伊吹の正しく人を見ようとする姿勢は好ましく思っていた。
そうして勉強を教えてもらうようになったわけだが、これが意外と悪くなかった。教え方は上手いというわけでもないのだが、どこが分かっていないのかを判断するのが上手く、無駄がなかった。効率的に勉強ができたため、期末に対する余裕は根拠のあるものとなりつつある。
ほとんど笑わない伊吹だが、たまに白馬に対して呆れたように笑うことがあった。友人たちも「お前喋ってなくてもうるせえな」とからかいながら言ってくることがあるが、恐らく白馬のそういう単純なところを見て笑っているのだろう。伊吹のそれは馬鹿にしているものではない優しいもので、いつしか白馬は伊吹のそういう顔をもっと見てみたいと思うようになっていた。
しかし一方で、白馬の勉強に付き合うのと平行して自身の勉強をするのも大変そうで、最近は少し疲れているような表情が増えた。
ある日、白馬はそれが気になって、自宅の自室でローテーブルに向かいながら聞いてみた。体がでかいためテーブルまで距離があることは勉強しない理由のひとつだ。
「なぁ、今さらだけど、俺に付き合ってて平気か?」
「……マジで今さらだな」
本当ならもっと早く気付くべきだった。白馬がやたら心配そうにしていたからか、伊吹はやはり苦笑する。
「問題ねえよこれくらい」
「でも……無理はすんなよ」
「……俺は、別に、無理してお前に付き合ってるわけじゃねえ。その、俺も、なんつか……お前と、芽生といるの、嫌いじゃねえし……」
珍しく言い淀む伊吹の少しだけ不明瞭な言葉は、思いも寄らないものだった。伊吹は感情をあまり表に出さない(怒りを除く)ため、こうやって素直な言葉をくれると思っていなかったからだ。
「伊吹がそんなこと言うなんてな」
「わりぃか」
「いや!ただ、意外だった。あまりそういうことを簡単に言うイメージはなかったというか」
「簡単じゃねえわ。…俺は人付き合いって得意じゃねえ自覚はある。だから、大事なことだけは誠実でいなきゃなんねえって思ってる」
白馬はそれを聞いて合点した。伊吹の好ましく感じていた部分というのは、この誠実さだろう。
真っ直ぐありのまま他人を見て、真っ直ぐ言葉を伝える。人と関わることが好きではなく不良然りという態度をしていても、向き合った人間に対して不誠実なことはしないようにしている。そんな軸が、白馬は好きだった。
この感覚は、と白馬が薄々勘付いていると、ふと、借りていた教科書の片隅に落書きが見えた。世界史の教科書に載っていた白馬の写真から、吹き出しが出ていて、『がおー』と書かれている。
もしかしなくても、白馬芽生と掛けている。
「……なぁ、話変わるけど、これ」
「は……っ!?いや、これはちげえ!マジで違うからな!?これはその、なんだ、えと、」
本人に見付かるには恥ずかしい落書きだという認識はあったらしい。伊吹は分かりやすく慌てている。顔も若干赤くなっていた。テーブルの向かいからこちらに身を乗り出して教科書を隠す伊吹の顔が近付いた。身長差が大きく、中腰で立って身を乗り出していても伊吹の顔がすぐ近くになってしまう。
白馬はつい、その後頭部に手を回していた。
「……?なんだよ」
「っ、いや、」
手の平に収まった後頭部。すぐ離したが、思わず、こちらに引き寄せて、間違いなく、自分はキスしようとしていた。怪訝にする伊吹は元の位置に戻ったが、白馬は内心で心臓をバクバクと言わせていた。
危なかった。
これは、もう手遅れかもしれないな、と独りごちた。