温室の鳥籠−3
間違いなく白馬はやりたくてやっているのだが、無理な姿勢をさせていることには変わりない。伊吹は一応礼を述べた。その際後ろを見遣るが首筋しか見えず、仕方なくその鎖骨と首筋の間あたりにぽす、と頭を預ける。
「芽生君生きてる?」
「……ギリギリな」
昼神の大して心配そうにしていない言葉に、白馬はまさに息も絶え絶えといった感じで答えた。
そうやってしょうもない会話をしながら、水泳で削られた分を回収するためいつもより早めに昼食を食べ終わる。
たまに3人から弁当のおかずを要求されて等価交換したが、その際もなぜかいわゆる「あーん」の形を強要された。もはや伊吹も慣れてしまったもので、かつて拒否して面倒な拗ね方をした末っ子幼なじみ2人のせいでこんな小っ恥ずかしいやり方を平然とできるようになってしまった。
食べ終わり、それぞれ弁当を片付けると、だらだらと残りの時間を浪費する。時間を無駄に過ごすという贅沢は、部活動漬けの日々では平日の昼休みしかないといえた。
伊吹は相変わらず後ろから抱き締められていたが、その体温が移ってきたのと、窓際という元々温度の高めな座席ということもあって、徐々に寒さが気にならなくなってきた。
それにつれて睡魔が首をもたげ、授業中に寝ない伊吹は少し寝ようと決める。
3人がポッキーの極細はありかなしかという不毛な話をしているのを横目に、伊吹は背もたれから背を離して自分の机に突っ伏す。
すると、目の前に昼神の腕が迫ったため寸前で頭を止める。前の席で横向きに座り伊吹の机に右腕を置いていたためだ。ちょうど、伊吹の頭を支えるべきポジションに逞しい腕が置かれていた。
邪魔だな、ということと、捲られた長袖から見える腕に浮かぶ筋や血管が興味深くて、伊吹はその腕を突いてみる。
昼神はそれに気付くと、腕に力を込めた。ぐっ、と筋や血管が強く浮かび硬くなる。それをなおも指先でなぞると、昼神はようやく伊吹の意図に気付いた。
「寝る?」
「んー…寝ようかと思ったけど、なんかあんま眠くなくなった。てめぇのせいだ」
「わぁ理不尽」
伊吹は眠くなくなったものの、とりあえずその昼神の腕に目元を埋めるようにして顔を伏せた。勝手に枕にされても昼神は怒るどころか、左手で伊吹の頭を撫でてくる。
「幸郎も芽生も伊吹に甘過ぎねぇ?」
「それ光来君が言う?」
「そうだぞ、お前が一番やべえだろ」
その様子を見てきた星海が呆れたように言うと、昼神と白馬がすかさず反論する。伊吹は昼神の腕に頭を乗せたまま横を向き星海の方を見る。ポッキーを買ってきたのは星海だったようで、ボリボリと食べている。
「いや俺は別にそんな甘やかしたりしねーし」
「星海、」
反論に反論する星海にポッキーを寄越せと名前を呼ぶと、星海は何も言わずに手元のポッキーを伊吹の口元に運んでくる。それを口に入れて食べ進めると、星海も指先を進めて最後まで食べきるまで支えてくれた。
その様子をまじまじと眺める昼神と白馬。
「……いやいやいや、言葉と行動が一致してねえぞ光来!」
「ボケ?ボケなの?めっちゃ甘いじゃん」
「誰がボケだ!甘くねえ!!」
そう言いつつ星海は伊吹の頭をわしゃわしゃと撫でていた。
「…や、お前ら全員おかしい、俺のこと弟かなんかだと思ってんの?星海と昼神は末っ子のくせに」
ついに伊吹がそう言うと、3人は言い合いをやめてこちらを見下ろす。
そして互いに目を合わせると、肩を竦めた。
「全然分かってないね」
「なんも分かってねえ」
「頭はいいのにな、伊吹」
さらに口々に言われて伊吹は怒りよりも疑問符を浮かべた。
「?弟扱いじゃなきゃなんだよ」
「…言っていいの?」
そんな伊吹の耳元に、依然として腕を枕にされる昼神が口を寄せて低く囁いた。その言葉にはぞっとするほどの甘い響きが含まれ、欲がちらついていた。
首筋の後ろから背中にかけてぞわりとして思わず上体を起こす。
後ろから抱き締める白馬がそれを受け止めて、両腕で伊吹の腹を緩く拘束する。そして昼神は伊吹の左手を恋人繋ぎのように絡め取り、星海も伊吹の右手を握り締める。
「お前さ、もう逃げらんねえの、そろそろ自覚した方がいいぜ」
そう言った星海の射抜くような眼差しに、ようやく伊吹はすべて理解した。
この3人は、決して兄弟のあれそれのようには思っていない。伊吹をこうやって四方から閉じ込めるように囲い込み、温室のように甘やかしている。その理由は、伊吹が察していた3人の感情がもっと深く、ドロドロとしたものに変化していた先にあった。
そして、伊吹はそれに気付くのが、致命的に遅れていたのだ。
まるで鳥籠の鳥のように、伊吹はこの温室で、快適な監獄生活を送るのだろう。
もう、逃げられない。
その事実に仄暗い喜びに似た感情が湧き上がった時点で、伊吹はこの3人の策略の完成を知った。