無着者の執着−1
松本市に越してきた春、鴎台高校に入学した伊吹が入部したバレー部は、強豪の割にギスギスとしていなかったことが印象的だった。
部活が盛んなこの学校は、運動部のレベルが少なくとも県内一であることが多かったし、全国常連の部活もいくつかあった。男子バレーはその一つで、人数も多く選手層の厚い部活であるのに、実力主義が徹底されているためか、上下関係で気まずい様子はなかった。ライバル視も行き過ぎることはなく、かといって馴れ合うわけでもない。
それは同じタイミングで赴任してきたイタリア人監督の空気感のためかもしれないし、2年生が特に温厚だったためかもしれないし、バレーという競技自体が決して一人ではできない繋ぐ競技であるためであるからかもしれない。
マネージャーとして入部した伊吹は、マネージャーのくせに大半の選手よりも強打を放つ不良だということで最初は避けられていたが、2年の諏訪や上林などが積極的に声をかけてくれるようになり、背は小さいもののとてつもないジャンプ力を誇る星海が持ち前の明るさで絡んできたこともあって、わりとすぐに輪に溶け込んだ。
振り返れば、良いスタートだったと言える。
ただ、一人だけよく分からないやつがいた。
それが昼神幸郎、県内最強の優里西中学出身のMBで、冷静沈着なプレーは際だって上手かった。のほほんとした様子でまったく焦らないスタイルなのもあって温厚極まりないが、緩い笑顔で淡々とプレーする様子は、たまに機械のようだとも思えた。
***
1年の初夏のある日、伊吹が部活後の片付けを一通り終えて部室に戻ってきたときだった。
扉の前に佇む昼神を見付けて、1年なのにすでに190に近い身長のでかさを実感したが、なぜか部屋に入ろうとしない。そんな様子を見た伊吹は訝しんで声をかけようとした。
普段、部活でプレーに関する話はするがそれ以外の話はしない。そんな希薄な関係だが、昼神の様子が少しだけいつもと違っていた。
「昼神ってさ、そう考えるとマジで機械だよな」
するとそんな声が中から聞こえてきた。
どうやら、室内で自分の噂話が聞こえて入れずにいるらしい。てっきり、聞こえないふりをして入っていくタイプだと思っていた。
「ほんとそれな、成功しても失敗してもリアクション薄いっつか、笑ってるけど感情が薄いっつか」
「ブロックであんだけ情報処理できんのマジロボットかよっていうな」
「すげえ上手いし強豪出身だけど、なんか熱意とかそういうの感じられねぇよな。ここはあんまり雰囲気悪くないからいいけど、普通の強豪校だったらやる気ないって締められてるぜ」
中で話されていることは、陰口というには悪い評価ではなく、単に人物像の評価の域を出ないと言えた。そういう部活でもない。
昼神も傷付いている様子ではなかった。
「…入んねぇの」
「うわ、びっくりした。朝倉君か」
声をかけてみると、びっくりしたようには思えない反応をされた。
隣に立つと、同い年なのに体格がはっきりと違うことが分かる。
「俺が先に入ってやろうか」
「んー、いいや、別に」
別に、という投げやりな言葉は、今度こそはっきりと感情がなかった。
本当にどうでもよいのだろう。本人がそうなら伊吹が気にすることでもなかった。
「あっそ。じゃ、俺入るから」
「じゃあ俺も入ろ〜」
伊吹が扉を開けて部室に入ると昼神も続く。中にいた部員たちが「お疲れ」と言ってくるが、後ろの昼神を見て一瞬沈黙する。
「なに、どうかした?」
「い、いや…」
「あ、まさか俺の噂話でもしてた?それなら俺に聞こえないようにしてよ、傷付いちゃうから」
「ぜってー嘘だろ」
あはは、と部室に笑いが響く。どうでもいいと言いつつしっかりフォローするあたり昼神も空気を悪くするつもりはないらしい。
その「生き方の上手さ」が、伊吹には少し歪に感じられた。