無着者の執着−13


伊吹も昼神も、呼吸を整えるために胸を上下させた。そっと昼神は自身を引き抜き、ゴムを外して器用にゴミ箱に捨てる。


「伊吹、大丈夫?痛いとこない?」

「…大丈夫、」

「そっか。でも苦しかったよね。えらいえらい」


そう言いながら昼神は伊吹の頭を撫でた。子ども扱いのようで、それは労り大事にしたいという昼神の感情の発露そのものだった。

そう思えばまったく嫌な気持ちになどなるわけもなく、伊吹は甘んじて受け入れた。しかし昼神は伊吹が子ども扱いだと感じると思ったのか、すぐに手を離してしまう。当然ながら、二人の関係性が変わったのはつい先ほどの出来事だ、お互いに何でも分かり合えるわけではない。

言葉にするなり態度に示すなりしなければならない。特別な関係になったのだから、尚更だ。伊吹は恋人なるものができるのはこれが初めてのため、勝手が分からないし、駆け引きなどできない。

伊吹は体を起こすと、胡坐をかく昼神の胸元に倒れ込んだ。「うお、」と昼神は言いつつ難なく抱き留める。その胸板に顔を寄せて、昼神の手を掴んで持ち上げると、自分の頭の上に乗せた。

言葉にするのは、ハードルが高かったのだ。


「あー…やば、伊吹がかわいすぎてにやける」


すると昼神は催促通りに頭を撫でつつ、もう片方の手で抱き締めた。にやけると言うのなら拝顔してやろうと見上げるが、すぐにキスされてしまって見ることができなかった。

口が離れると、いつも通りの緩い笑みになっている。


「頑張ってくれてありがとね。気持ち良かったし、嬉しかった。伊吹が受け入れてくれたからだよ」

「……俺も、気持ち良かった。それに、なんつか、幸せだった」

「うん、俺も。そして今、俺は頑張ってくれた伊吹を甘やかしたくて仕方がないモードだから、きちんと甘えてね」

「…今だけ?」

「っ、ずっとだよもー!」


ぎゅっと強く抱き締められ、伊吹は小さく笑う。もともと伊吹には甘かった昼神だ、恋人になって、きっと星海がげんなりとするくらい伊吹を甘やかしてくるのであろうことは想像が付いていた。


「ひる…幸郎、」

「二人でいるときに名字で呼んだり呼びかけたりしたらキスすんね」

「そういうときにしかキスしねぇの」

「くっそ勝てない!」

「はは、」


なかなか急に呼び方を変えるのは難しい。先ほどは最中だったため思考もままならなかったが、冷静になると気恥ずかしさもある。
それでも、呼び方を変える特別感は心地いい。


「…幸郎。お前がバレーや仲間のことがそこまで好きじゃなくても、俺はお前のバレーも、お前がいる鴎台も好きだ。そんで卒業しても、ずっとお前のことが好きだ」

「っ…ほんと、男前だよね」


頭を撫でていた昼神の手が止まり、そして縋るように伊吹を抱き締める。その強さは、確かめるような強さだった。


「…俺も、好きだよ。伊吹がいれば、他になんもいらない。伊吹は、俺の唯一執着する人だから」

「ふは、ほんと重いな。いいよ、全部受け止める。そばにいろよ、『不動の昼神』」

「絶対そばから離れないし離さないから」


これくらい重い愛もまた、一身に浴びることが心地良く感じられる。

あ、そうだ、と伊吹は一つ思い至った。


「とりあえず、名字で呼んだからキスしろよ」



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